お葬式


● 選点

 小高い丘にある公園にて、選点を進めているうちに小さな町のほとんどが見渡せる場所であ
るこの場所で新点を作るという事になった。この場所であれば新点同士のつながり具合も良
い。一番良い場所という事でそのあたりの見通しの良い場所を一生懸命探す、すると鉄柵に
囲まれた、更に小高い場所に大きなコンクリート造の水槽がある。辺りには誰もいない。ちょっ
と鉄柵を乗り越えて水槽の上にあがってみる。「おお、これは一段と見渡しがいいな。他の場
所では四方のうち、どこか1方向が見えないがここだと良く見える。町が協力してくれているし、
この施設は町の施設だから基準点の設置も許可してくれるだろう。」安易に考えて、その位置
を確定として、次の基準点の場所を選点に行く。
 後日、町の今回の基準点作成の窓口である企画調整課を通じ、施設の管理者である建設
課の課長補佐に基準点設置の許可を得るために交渉に出向く。
「町の2級基準点を作るために、この場所に基準点を設置させてもらえませんか。」即座に「駄
目です。あの場所は町の上水道の施設だから、本来立ち入り禁止の場所です。勝手に立ち入
りしたという事ですが、役場職員立ち会いでなければ、無断で立ち入りしてもらっては困りま
す。どうしてもと言うのでしたら、役場職員が立ち会いの上、測量してもらってもかまいません
が、基準点のようなものを設置する事はそれがたとえ鋲のようなものでも困ります。」とはっきり
言われてしまった。こちらも折角観測しても基準点を残せなくては意味がない。



● やけくそ

 水槽以外の場所でどこかないだろうか。ほとんどの方向が見渡せるの他にないだろうか。今
交渉している時に、何等かの了承を得なければ。必死に無い知恵を絞る。小高い丘の公園だ
から、鉄骨造スレート葺平家建ての60u程度の展望台がある。展望台には袖壁もあり、展望
台の中からは全部の方向ではなく、海の方向しか見えない。「あそこは駄目か、後は・・・」そう
だ、一段下がった位置にコンクリートブロック造陸屋根のトイレがある。あそこの屋根に登った
ら、展望台と同じ程度見えるはずだ。実際には登っていないけれどここしか無い。「折角、町の
ために2級基準点をつくるのだから何とか協力してもらえませんか。」「水槽以外ならなるべく協
力するようにしますよ。」。「それじゃ、展望台なんかはどうでしょう。」「いいけど、あそこは、老
朽化しているので取り壊すようになると思うよ。」確かに、展望台はあまり補修がされておらず、
状態は良くない。しかし、どうせ展望台は使えない事は解っている。「トイレの屋根はどうです
か。」「えっ、トイレの屋根。そんなとこでかまわないの。これも、いつ壊すかは解らないけれど、
しばらくはあると思うからかまいませんよ。」いささかあきれた様子で了解してくれた。
 ひょうたんから駒、いやトイレの火事。やけくそである。
 交渉の結果を皆に説明。「トイレの屋根の上」と皆びっくりするが、「大抵大丈夫だよ、屋根は
陸屋根だから、上に人が乗っても大丈夫だし、トイレだからがっちりしているよ。」「うん、それじ
ゃあ、とにかく行ってみましょう。」、現地で早速トイレの上に登ってみる。「あっ、これはいい
が。使えるぜ。あの木の枝を落とせばあの家の前の基準点が見えるし、他の基準点の予定地
もこのままで良く見える。決定」やれやれ、とんだ場所に基準点を設置する事となった。
 即座に、造園業でアルバイトの経験を持つW氏の指示の元、伐採が分からぬように美的に
枝を切る。「OK,これで良く見えるよ。」丸くくり貫いた形になったが、木の下からは、伐採した
とは思えない出来。だが下の新点から改めて見ると、何とぽっかりと空間があいている。肉眼
でトイレの上の三脚が見えた。「よし、準備完了、いいところに出来た。」とトイレの屋根にをドリ
ルで穴をあけ、基準点の金属標をセメントで補強して設置を完了した。
 しかし、この家の前の新点で観測当日、とんでもない出来事にまきこまれるとは誰も予想して
いなかった。



●観測当日

 2級基準点もこのトイレの上の基準点を中心に、かなり密度が高くなっている場所であり、観
測方向も多くなっている。したがって、なかなか次の観測位置への移動が出来ず、じっと相手
の観測を待ち、相手の方向に反射板を向ける状態が続く。
 当然、途中であっても日が暮れればきりの良いところで止める事にもなる。
 私が最後に、家の前の基準点で反射板を設置し、待っていたのだが、トイレの上の基準点か
ら水平角観測と鉛直角観測、この新点からは鉛直角の観測のみで終了してしまったのだが、
どうもこの家の動向がおかしい。タイミングの悪い事に、今晩がお通夜の様である。「まずい、
この分では明日お葬式だ、時間を考えないと、大変な事になる。」。この家の方は選点の時、
丁度庭に出て掃除中出会ったため、事情を説明し、基準点設置のため敷地内の目立たない
場所に設置させていただくようにお願いしたところ、「そんな足場の悪いところよりもこの場所に
しなさい。」と、非常に好意的な方だったが、お葬式の前で光波測距儀を据えて観測は出来な
い。



●お葬式

 夜、宿舎に帰り、「明日、あの家は御葬式だよ。時間を考えないといけないよ。」
「そうですね。御葬式は普通午後2時ごろでしょう。」「そうだね、大概2時ごろからだね」「それじ
ゃあ、朝早くやるようにしますか。」。翌日、朝一番に観測を開始する。本日の家の前の観測の
担当は、今回の研修のために、遠方から駆けつけていただいたU氏とH氏のコンビである。早
く観測を終了しなくてはと全員が思い乍ら観測をするが、こんな時に限って再測が目立つ、新
点の廻りに段々人が集まって来た。お葬式の花輪も家の前に並び始めた。
 家の前二人、丁度基準点の位置は県道からの進入路の角にある。三脚に目標板を据えてじ
っと待っている。かなり手持ち無沙汰で、いらいらしている様子が分かる。だが、葬式の参列者
もあつまり始めた、「あれっ、お葬式が始まりそうだよ。」「この辺りは午前中にお葬式するんで
すかね。」「しまったなぁ」、だが、もう中止しても同じ事である、ここまで来たらやらなければなら
ない。山の上の他の基準点から家の前の二人が見える位置にいる私は「あの二人香典を持っ
ていった方がいいんじゃない」と無責任に喋っている。
 しかし、彼らも参列者と話し乍ら何とか時間をつぶしている。見慣れぬ二人が変な器械の横
にいるわけだから質問ぜめにあう、いちいち丁寧に答えていた様であるが、さすがに香典は持
っていかなかったらしい。
 やっと、彼らの観測の番が来たのだが、あいにくの時間帯になってしまった。現在位置の基
準点からトイレの上の基準点を後視点として、山の中腹にある基準点を見上げる形で観測す
るようになるのだが、この間に二階建ての建物があり、屋根の瓦の上を視通するようになる。
ただでさえ、かげろうに悩まされる時間帯なのに、屋根の瓦の上となると、かげろうの出現には
最高の舞台となる。
 そのためか、二人の水平角の観測がかなりとまどっている。トランシーバーを通して、かげろ
うが水平角観測の邪魔をする様子がありありと伝わってくる。本来ならば、観測する時間帯を
ずらせば良かったのだが、お葬式が予想されたため、わざわざこの時間の観測にしたため、
かげろうとお葬式の挟み打ちにあう事になった。
 きちんと前日、家の方に失礼を省みず、葬式の時間を聞けばこのような結果を招かなかった
のにと悔やまれる。ただ、前日私が観測した後、暫くの間O氏がこの家の前の基準点の場所
に、一人残っていたのだが、家の方に缶ジュースをいただいたそうである。



●ねじはきちんとなっていますか。

 同じく、屋根の瓦の上を視通する相手の基準点においても、屋根のかげろうは大変な影響を
与えているようだ。水平角の較差が観測制限ぎりぎりである、数回くり返し観測するがどうも具
合が良くないようだ。
 トランシーバーのやり取りでもそれが分かる。「下盤の整順ねじは三つつとも真ん中のマーク
の位置であっていますか。」「それ程気にするほどはずれていません。」「三脚はよく踏み込ん
でいますか。」「しっかり座っています。」「それでは、しかたありませんね。」、かげろうがかなり
影響しているようだ。
 やはり、時間帯をもっと考えるべきであった。



基準点測量体験記
     
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