第6章 高浜基準点作業から思うこと


 6-1 現地の声

●70万円出したのに

 選点に始まり観測まで、新浜、高浜地域のいろいろな方が話かけてこられたが、この地域の
特殊な事情のことが多かった。


 地図混乱地域の基準点設置地区ということで、建物の登記をするためには、基準点から一
筆地全部の位置の特定を行う必要がある。

 昨年、70万も出して登記してもらったのに、今度地図が出来たら、遥かに安い金額で出来る
のか、先に払った費用は何だったのかという素朴な疑問である。


 これには、私たちの立場では何も言えず、みんなが安心して、この地図のこの場所にある土
地が自分のものだと他人に言うことの出来る正確な地図になりますからと説明するしかない。


 心配なのは、今回この地図をつくることにより、今まで境界標識を入れて明確にしたつもりに
なっている土地の形状や面積が相違することがないかということである。

 今までの高浜地区の基準点は日本測地系であり、今回の法17条地図の座標値は実測によ
る世界測地系で表示されている。単純なパラメータ変換でないことから座標値による比較はさ
れず辺長、面積による比較となる。

  それは単に、精度区分の中での公差の範囲であれば許されるのか。


 法17条地図作製後は、世界測地系での座標系に統一されることから、辺長、面積よりも前の
段階の公共座標値の値で単純比較されることにもなる。


 その相違量は当然生ずるものなのだが、土地家屋調査士としてやるべきことをやった後の
止むを得ない誤差なのか。

 基準点から開放で新たな観測点を作り、筆界を測量していれば、緩い公差誤差の範囲内に
は入っているはずだから問題がないとするのか。


 それは土地家屋調査士各自の考え方だろうが、今からの土地家屋調査士の測量のあり方、
責任といったものが具体的にここにはある。



●一作業員に

 基準点班に共通していたものは「法17条地図は土地家屋調査士として、何があってもやり遂
げなければならない。」という気持ちであり、渡部氏を中心とする基準点班の頑張りを目にして
頭の下がる思いである。

 しかし、私自身この高浜17条の基準点作業で得たものは何だったのだろうか。

 正直、渡部氏との圧倒的な知識・技術力の差を見せつけられただけかもしれない。

 当初の目的であった広い範囲の基準点の設置方法について、自分自身として理解できたか
どうか疑問である。

 やはり自分自身が失敗を繰り返し、身をもって知ることが必要なのだ。


 今回の高浜地区で私はどういう役割をすれば良いのか解らないでいた。

 ある時、渡部氏と酒を飲んで話していると、

 「今までの拘りがあるから、一作業員になれんじゃろうな。」と一言。

 普通だったら、『期待しとらんということか。』と開き直ってしまうのだが、その時はなぜか、頭
の中でちょっと違った反応があった。

 「こだわりをすてて、使われる立場で冷静に見たら良いのか。」

 そういえば基準点作業を熟知している三好先生、十川先生そして大野氏は作業員に徹し、
一切でしゃばっていない。

さすがである。



 何故かその時から、渡部氏の動きがよくみえるようになった

 観測班の動きについても、観測を終了した班を順次、あの角の位置に行け、駐車場の基準
点へと的確に指示を出す。

 何も考えず自動的に指示を出せる場所もあるが、路線等の関係で仕舞を先に付けておいた
方が良い場合や、残しておいて組み合わせて一気にやった方が良い場合もあり、判断に苦し
むのだが、彼は瞬時に判断し「そこは後でやるから、残しておいて、あっちの方を先にやって」
と効率良く指示を出す。

 観測計画を組むときに熟慮し、頭の中に状況が整理されているからこそ臨機応変に対応で
きるのだろう。


 我々はその表面的な動きだけを見て判断するため、渡部氏との判断は相違することになる。

 動きが良くみえるようになっても、まだ渡部氏の考えは解らない。

 しかし、彼の考えが理解不能なのにはもうひとつ理由がある。


    彼はゴ〇ラなのだ・・・。



6-2 最後に

●最後に

 最後に、私はこの高浜地区での基準点については昭和56年の出会いから、やっと平成16年
になって現地で基準点設置作業をすることが出来た。

 今、心の中でひっかかっていたものがやっと取れたような気持ちである。

 20年前のあの時、思い切って手を上げていれば、後の鷹子17条の基準点では違った感覚
で、最初から目的をもって自分の業務の中に取り入れることが可能であったのではないのか。

 遠回りをしてしまったのではないかという気持ちがどこかにあった。


 また、地方の会員の思いとして、松山支部に追いつけ追い越せという気持ちがある。

 松山地区では、この高浜法17条地図の外にも、今年度から国土調査も実施されており、都
市部では200〜300メートルに一点の配点となる街区基準点も設置される。

 当然のように、一筆地の測量といえども高精度の基準点を使用した公共測量に準じた測量
が要求されるようになる。


 公図地区であったため、公図の知識や境界に対する認識・知識が深かった松山地区の会員
は日常的に高精度な公共座標を扱うこととなり、松山支部の会員の技術と知識はより磨かれ
ていくだろう。


 地方の会員としては、このような都市基準点に基づく高精度の公共測量に触れることは出来
ないが、今までどおりの測量に安心することなく、積極的に高精度の公共測量の技術と知識を
自分の業務の中に取り入れなければならない。


 一人の土地家屋調査士が法17条地図や国土調査のような大規模な地図作製・基準点設置
作業に関われる機会は滅多にあるものではない。だからこそ、その中でいろいろなことを経験
することにより、理解し得られるものは多い。


 国土調査完了地区を多く抱える地方の会員にとって、昭和40年、50年代の国土調査の測量
と現在の高精度の測量について内容を理解しながら、環境に応じて使いこなす知識と技術が
要求されようとしている。


 現在の高精度の基準点設置作業を知ることにより、逆に昭和40年、50年当時の国土調査を
理解することも出来るのである。


 いずれが欠落しても真実の境界の解明にはならない。単に数値上の比較を行うだけでは理
解しているとはいえず、一歩踏み込んだ理解が必要なのだ。


 そのためにも、20年前の私のように折角の機会を逃がすことのないよう望みたい。今回の高
浜17条地図基準点設置作業のような事業に積極的に参加することにより高精度の基準点の
作製方法、そして利用方法を知り、自分の今後の業務の中に取り込めるはずである。






高浜17条基準点作業に思う
前のページ


トップへ
トップへ
戻る
戻る