私の失敗

(なぜ公共座標にこだわるのか)

● 今は昔

もう、12年以上が経過しようとしているが、私が開業してまもなくの仕事。苦い思い出として、
心の片隅に焼き付いている事件がある。

土地家屋調査士であった父親の仕事を、脱サラして補助者として手伝い始めた(もう16、7年
前になる。)その頃の父の土地測量については平板が主体であった。

既に土地家屋調査士の測量の仕事はトランシットが主流となりつつあり、辺長や面積にしても
5センチ単位ではなく、1センチ以下の単位の精度が要求されつつあり、これは若い自分がや
らなければと、父が調査士会の斡旋で購入したまま事務所の片隅で埃をかぶっていた20秒
読みのトランシットを見様見真似で何とか操作し始め、今にして思えば電卓に毛の生えたよう
なパソコンを使って、自分でプログラムを組み、測量計算をして、ヘロンの公式で面積を算出し
た後、底辺と高さを計算し、三斜法に計算を直していた。

当然、求積については座標法などという考えは全くなかった。それでもその頃は、父親は10万
円もしたカード式電卓(現在買えば、恐らく1000円程度の電卓の機能)や算盤で、測量計算を
していたから、それに比べれば随分進歩したものだと内心得意でもあった。

事実、現在ほとんどの土地家屋調査士が持っているパソコンを使ってのプリンタープロットの
測量ソフトの業者の売り込みは、それから2年後であったから、田舎の土地家屋調査士事務
所としては、そんなに時流に乗り遅れているとは言えないであろう。

そういった状態で父親の補助者として5年間経験を積み、何とか出来の悪い頭をだましだまし
使用し、人より余分な期間をかけてやっと土地家屋調査士試験に合格した頃の話である。




●依頼

それは、旧知の方からの依頼であった。

何でも、親戚に頼まれて自分の所有する宅地の一部を分割して、売買をしたいという事であっ
た。

現場は事務所の近所であり、町が分譲をしている団地の一角であり、区画も道路で明確であ
る。これはなにも問題はない、依頼人にも何ら問題も無く、隣接地も分譲を行った主体である
町所有の土地(町道)のみである。

当時、平板測量をそのままトランシットに切り替えた測量、つまり任意座標で測量をしていたも
のであるから、特別用意する訳でもなく、法務局から17条地図を閲覧し、トレースをし、隣接所
有者を確認しただけで即座に測量に出かけた。

依頼人の指示のあるとおりどんどん測量をしていく。現地は7、8年前に分譲されており、依頼
人の記憶もまだ明確で、更に道路にはL型側溝があり、境界は明確である。




● 広大な地形

現地は、山を切り崩した造成地のため、付近の既存の宅地からは15m程の高台になっている
土地で、丁度真夏に食べるすいかの切り身のような形をしている土地であった。

中身の部分(有効利用の出来る平地)と、皮になる部分(法面)があり、周りはすべて町道に接し
ており、すそ野の部分の既存宅地から、それぞれ高台へ進入する二本の町道が依頼地を囲
むように登っており、全部が町道に接する形状の土地であり、約2000uの広大な土地であっ
た。

親戚に売買する区画は、そのうちの約200u程の土地であり、法面を含まない土地、つまり
有効利用出来る平坦地のみを売買するという事であった。

取りあえず、現地に依頼人の指示する新設の境界点に不動標識となるものを設置していく。

新設点となる分筆点にも不動標識を入れ、確定測量を始めるが、広大な土地で、既に国土調
査を終了し、その後土地の造成を行い、町が改めて合筆し、区画毎に分筆を行っており、土地
の形状は合致しているようでいる。

今回の依頼で分割を開始する場所は、地図上に表示されている明確な境界点からの分割で
はなく、いわゆる日の丸分筆のようなものだった。一方向のみは丁度元地の平坦な部分、つま
りすいかをかじりつく直線となっている部分に町道が接しているから、大体の位置は解るのだ
が、全体の地形の中での正確な分筆の位置というと明確に基準にする境界がない、ただ現地
に1個所、屈曲点があり、地図上にも同様な屈曲点が表示されている。曲がり具合も150度程
度で同様である。



地図上では一番明確で間違いなく分筆線の位置を確定するには、登ってきた町道が、高台の
造成地側のほぼ直線の町道と交差する地点(丁度三角形の頂点となっている位置)を測り、そ
こからの位置が解れば、ほぼ正確であるはずなのだが、残念ながら大体の状況は解るのだが
現地は、個人所有地は余裕を持って分割されているようで、町道の中にその地点がくるようで
あり、明確では無い。

そのため、求積する部分は当然だが、ほぼ直線の道路の反対側の分譲地の現状の区画線を
確認の為測り、町道の屈曲点も測り1時間程度で測量は完了、当時広大な地形であれば残地
部分については、求積は必要とされておらず、当然この場合は広大な地形であり、残地部分
の求積を行おうとすれば、かなりの手間を要し、その必要はないものと思われた。

測量終了し、結果を作図後、道路の屈曲点の曲がり具合は地図と合致していたので、当然そ
の位置も合致しているものとして、屈曲点からの距離により分筆線を法17条地図の中に当て
込み、土地所在図を作成し分筆を行った。

何も無く分筆登記は完了し、所有権移転登記も完了、そして6ヶ月後には建物の表示登記も依
頼され、全てが無事完了した。その後、依頼地の建物表示登記も依頼され、土地の所在等に
ついても、問題無く、当然どんぴしゃの状態で登記出来、「さすが、トランシット面積も位置もき
っちりしとるが」と得意になっていた。




● 因果応報

だが、世の中そんなに甘くない。1年後、今度は残地を3分割してくれという依頼であった。なん
でも町が法面の部分と、有効な部分の真ん中の部分を買い戻しするという話になり、今までの
行きかがりから私の事務所への依頼があったものである。

前回の分筆は、すいかの切り身のような地形で、すいかの中身をスプーンですくって食べたよ
うな分筆であったから、当然、前回の分筆部分も含んでの測量となった。

前回の分筆部分の土地購入者からも分筆部分から2m幅を追加して、購入したいという希望
があり、同時に分筆する事になった。

全体の測量を観測するため、依頼地の周りを囲む形で閉合トラバース測量を実施した。この
時代の私は、測量の知識も無く、トランシットさえ独学で使用しはじめた頃であるから、国土調
査の図根多角点や図根三角点を使用する結合トラバース測量などは全く思い付く訳もない、
脱サラ寸前に3ヶ月程付け焼き刃で勉強し、何とか測量士補に合格しただけ、頼れるものはそ
の時に本屋に立ち寄って買った受験用のテキストだけである。

難しい事はさっぱりわからない、取りあえず棒コンパスで磁北だけを取り、後は観測した水平
角を方向角に直し、スチールテープで測った斜距離を同時に観測した鉛直角で水平距離に直
せば、トラバース測量が出来るからそれでいいのだと思っていた。

真冬の雪がちらつく中、スチールテープを持つ手も凍え、トランシット野帳に観測した値を書き
込むにも、なかなかうまく書き込めない。それでも何とかトラバース測量を行いながら、移動し
た器械点から境界点も同時に観測して行き、何とか2日かがりで測量は完了した。




●測量結果

まず、トラバース測量の結果である。トラバース点8点の総延長300m程の閉合トラバース測
量であったのだが、かなり高低差もあり障害物もあったためか、確か閉合差4センチ程度、角
の閉合差60秒程あったと思う。

現在の感覚であれば、到底使用しなかった観測結果ではあるのだが、無知というのは恐ろし
い。

この時「精度、悪いな。」とは感じなかった。逆に「平板だったら、こんなに精度が出ない、やっ
ぱりトランシットのもんやな。」と思ってしまった。

この程度が、その当時の大部分の土地家屋調査士の考え方だったと思う。(私だけかもしれな
いが・・・・。)

後で批判を受けそうな測量に対する考え方なのだが、それでも何とか残地を全部測る事が出
来、更に確認のため周りの境界と思える点は全て観測した。

現在のような測量ソフトはまだ無く、手入力で自分の作った測量ソフトに入力しての計算を行
い、その任意座標の値を次々に方眼紙にプロットして行く。そして法務局からトレース用紙にト
レースしてきた法17条地図に重ねあわせてみる。

何ら問題は無いはずであった。




●ちがう

だが、トレースした法17条地図と広範囲に観測し同一縮尺にプロットした測量図を合わせよう
とするのだが、前回分割し、分筆の手入れを行った線がどうしても1m程ずれる。

道路の屈曲点と分筆線の位置関係は合っているのだが、残地全体からすると前回の分筆線
は1m程、実際の分筆位置からは前回分筆した場所に入りこむ形であった。

そう言えば前回、分筆した時に屈曲点が正しいものとしてあわせたのだが、町道の反対側の
区画からすると50センチ程度ずれていた。

 その時は、長狭物に挟まれた反対側との位置関係については多少の事は仕方が無い、反
対側の土地については直接関係しないし、今回の依頼地の中にある境界の位置の表示のほ
うが正しいとして処理しないと、後でその屈曲点の位置を含んで分割する時、地図と相違する
として問題になったら困るので、依頼地の中の屈曲点は合致しているとして処理した。

だが、依頼地の町道との明確な境界も現実は、少しづつ違っているようである。町道幅につい
ては現地と法17条地図は間違いなく合致する。

また依頼人が町から分譲地を購入した時は、構造物が境として購入したものであるという。現
地は一部不明瞭な地点はあるが、道路はL型側溝、そして法面はコンクリート擁壁と明確に境
界の区別が出来るものがある。しかし、それさえもぱっと見た目ではわからないが、実際に測
量をしてみると少しづつ相違している。ちょっと誤差とは言えない差になっている。




●確認

このずれについて、いろいろ確認もしたいし、改めて境界確認もしておきたいので、町の担当
者に話に行ったところ、「違っていますか。あの場所は外の区画と違って、分割せずに、丸ごと
分譲した形になったから、確定測量をしなかったので最初の予定のままで線入れしているん
で、違っているかもしれません。今回、法面の補強をしなければならず、また法面については
町が買い戻す事になりましたので、測量をしてもらったら、分筆登記によって修正をして下さ
い。その費用は町が持ちます」との事であった。

この様子では道路の屈曲点も、予定での位置で墨入れがなされ、実際の工事により若干相違
した場所になったというのが本当のようである。

そうすると、私は誤った位置の屈曲点を信じた為に間違った位置に分筆線を表示してしまった
事になる。道路反対側の境界点のほうが正しかったのである。

何とか対処しなければならない。先に町が間違っているとは言え、こちらもそれを確認出来
ず、全筆を測らずに位置を特定してしまった責任がある。




●所有者

既に、前回の分筆地は所有権移転され、新築された建物の登記もされ、ご丁寧にも抵当権が
つけられている。

早速、関係者と連絡をとり、事情を説明し、現況の占有境界にあわせるように、登記処理を行
う事になった。元地もさまざまな修正部分があり、これは、実際の境界を分筆により新設し、所
有権移転する事としたが、その中で、既に土地に抵当権がつけられている、前回分筆部分に
ついてどうするべきかという事になった。

いかに法定添付書類では無いといっても、慣例上こちらが土地所在図を提出し、法務局が、そ
れに基づいて手入れをおこなっている以上、土地家屋調査士の方が処理を行わなくてはなら
ない。

所有権を一度元に戻してもらって前所有者の所有とし、合筆の後、再度分筆し改めて所有権
を現在の所有者に戻すという話となった。

そのため抵当権者に一度抵当権を抜いて、再分筆後、抵当を入れるように交渉をしなければ
ならないのだが、あまり例の無い話でもあり、金融機関の担当者も話の内容を良く飲み込めな
い様子で、全く話が進展しない。

金融機関の担当者と話すのもこちらにとって針のむしろであり、電話の度にこちらが間違った
事をわび、協力をお願いするのだが、とうとうそれだけで1ヶ月以上もかかってしまい、一向に
話が進展しない。

だが、都合の良い事に、現在の所有者から「抵当については、お金を返済してしまって、条件
の良い所に借り替えようと思っていた所なんです。」という有り難い言葉があり、早速、問題の
抵当権は抹消され、合筆、再分筆、はスムーズに処理がなされた。

依頼人さんには「大分、時間がかかったな。」とだけ言われたが、こちらとしては平身低頭謝る
しかない。今回は何を言われても仕方が無い。

町が非を認め、費用を出してくれたから、私の負担は軽くなったのだが、これがもし、完全に私
だけの責任だったら、これはどうなったのだろうか、抵当権者は抵当を抜いてくれない。依頼者
は修正までは対象となる物件を外の抵当に入れる事が出来ない。元地の所有者は分筆が出
来ないので売買が出来ない。お金が入らなければ事業に支障が出る。その間の損害賠償を
請求すると言われれば、これは応じるしかない。

もし、これがたちの悪い不動産業者であったら大変な事になっていたと思わず背筋が寒くな
る。




●反省

おかげで、国土調査実施地域とは言え、任意座標で1筆地全部を測らずに求積地のみを測
り、位置の特定を行う事の危険性と限界を骨身に染みて感じてしまった。もっとも私の技術が、
他の調査士さんより劣っていたという話でもあるのだが…。


そう言えば、丁度その事件の1年前、近隣の地域の先輩調査士さんに、旅行を兼た測量の研

修に参加させてもらった。当時の事であるから、本当にトランシットの操作法と、トラバース測量
の計算方法程度の研修であったのだが、その時の講師となった土地家屋調査士さんが「私は
国土調査の図根多角点の無いところでは仕事しませんで。なかったら出来ません、言うて帰る
んよ。そうやなかったら恐くて仕事出来んもん。」と言われていたのをこの時、思い出す。あの
意味はこういう事だったのだ。


国土調査の図根多角点なんてどのようなものかさえ知らなかったが、この事件以降、依頼地
の近隣の100m範囲であれば必ず法17条地図に丸印の下に石と表示のある図根多角点は
探す事にし、私の業務地域には図根多角点として直径5センチ角、長さ20センチ程度のコン
クリート柱が設置され農道や里道の中に埋没したその図根多角点の頭を掘り出し、器械点と
後視点として使用する事が出来る2点が見つかれば、その図根多角点の座標を国土調査担当
課に行き、閲覧をさせてもらい必ず国土調査と関連付けを行なった。

「遅い。」と言われても、今回のような苦しみはもう味わいたくない。
もうごめんだ。
 それ以降「国土調査と同じ方法で測らないと境界について正確な位置が分かりませんし、私
自身が責任を持つ事が出来ません」と言って依頼人を説得しながら、図根多角点からの復元
と測量を心がけた。

そのうち段々習慣付けされて来て、自分でも、そういった事が苦痛にならなくなって来た。何よ
りも、どれが正しいのか、どれに合わせれば良いのかといったといったいらない苦労が不要に
なり、ずれても2、30センチ程度の事であり、現況の本当に国土調査時点からの移動の無い
場所が自ずと解り、依頼地や隣接の土地所有者達の誰が本当の事を言ってくれているのかも
解ってきた。

そして、ずれを修正するにしてもそれは、ほとんど機械的に処理出来る範疇の問題になって来
る。是が機械的に修正(多少の調査士の主観が入るが)出来無ければ地図訂正の事例とな
る。自分の中での処理方法が本当に明確になって来る。

何よりも、ずばっと境界が出現してくれたりする。暗中模索している状態の中で本当に道標を
見つけたようなものである。




●暗中模索

だが、国土調査から年数が経過すればするほど、図根多角点はどんどん加速度的に亡失して
行き、折角前回掘り出した図根多角点も、丁寧に元に戻したつもりでも一回掘り出したために
亡失してしまう。

やがて器械点、後視点として使用する最低2個の図根多角点を見つけるのが困難になり、全
部の業務について図根多角点から関連づけが難しくなって行き、3割程度の実施状態でしかな
くなり、一時期は半分あきらめていたのだが、力強い味方が現れた。光波測距儀である。この
出現により、我々の測れる距離は飛躍的に増大したのである。

正直、500mも先の図根多角点から、いきなり開放トラバースで現地に器械点を落として観測
するといったメチャクチャな活用もした事はあったが、国土調査の路線を見たり、近隣の同じよ
うな悩みを持つ土地家屋調査士さんと話しをして行くうちに、そんな無理をしないで、逆転の発
想で図根多角点が無ければ、図根三角点から路線を組めば良いのだ。

幸いにもトランシットにスチールテープであれば無理だが、光波測距儀の出現で我々調査士で
も図根三角点同士をつなぐ路線を組む事は可能になった。

更に路線を組めば自分自身が後々自分の業務に都合が良く、無くならない場所に作成したト
ラバース点が一気に出来るという風に考えるようになりました。

もう、ああいった経験はしたくない。

それを防ぐ最善の方法、そして、後々までの使用に耐えれる方法を、常に我々は模索しなけ
ればならないでしょう。



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