三 拍 子

(遅い、高い、無愛想)


●依頼人の思惑

 私は人口18000人と3000人程度の二つの町にまたがって業務をおこなっておりますが、
どうも依頼人さんからは「遅い。高い。無愛想。」の三拍子揃った調査士に見られているようで
す。

何故そんな風にみられているのか。
田舎町の事で、不動産業者が活発に仲買をやっている訳でもなく、素人同士が土地利用の状
態とか、建物を建てるため一部を売買とか、農地の転用をすることになり、そこで始めて分筆
登記というものがいる事を知り、事務所にやってこられる訳です。
 ここで、依頼人さんも大体二通りに別れます。一つは自分が何も知らないから、正直にこちら
に問題点や、分筆の意味を尋ねられ、どのようにすれば良いかをまず理解され、お互いの意
志が通じ合い、こちらも非常に気持ち良く業務をさせていただく方。これは全く問題が無いとい
うか理想的なケースなんですが。
 もう一つは、自分の頭の中で既にこういう事なんだという、生半可な知識をもたれ、自分のい
うとおりの場所、もしくは指定の面積を計算して登記所に提出さえすれば地図に線が入る。図
面に線を入れるだけだからそんなに大した事ではないだろう。測量と言っても、必要な場所を
測って面積を計算するだけだから、測かれば、すぐに面積が出るはずなのに、何を勿体をつ
けて、そんなに高い料金と日数がかかるんだ。といった気持ちでいらっしゃる方。その中には
「どうせ、造成してしまうんだから適当に測って区画割り(登記)だけしておけ。造成が終わったら
コンクリート構造物を境界にするから、いいかげんでいいんだ。とにかく登記さえ出来たらい
い」と心の中で思っていらっしゃる方もいらっしゃいます。



●無愛想

 こんな調子の依頼人さんを相手にして、自分なりに土地家屋調査士業務をきっちりやろうと
すれば、「はい、ではそのようにしましょう」とにこやかに、もみ手をしながら応対をする訳にもい
かず、いささか無愛想にもなります。
 「はい。この図面に線を入れるだけですか。でも、現地を測らせていただいて、周りの方に立
ち会いをしてもらって、その結果境界が決まり、測量の結果が地図を訂正する範囲内に収まっ
ていれば、正しい位置に分筆の線を入れる事になります。言われるとうりの条件にするとあな
たのおっしゃる通りの位置に線が入るかどうかわかりません。」
 「えらい面倒臭いんじゃな。あんたが測量しないと出来ないと言うんだったら、仕方ないから、
測ってから線を入れるようにしてや。それで、いつ測量に来てくれるん。」



●遅い

 「なるべく早くお伺いしますが、下準備がありますから1週間程度待っていただきますか。」
 「えっ、1週間も待たんといかんの。現地を測るだけなのに、何でそんなに待たんといかん
の。急ぐんだけどな。」
 「はあ、一応、ここは国土調査が入って、地図が出来ているんで、その地図と現地があってい
るかどうかを確認する為に国土調査で現地を測った点を探さなければならないんです。」
 「なんと、大変な事じゃのう、現地だけ測ったらええ様に思うけど、それじゃあいけんのかな。」
 「いえ、これは信用していない訳じゃないんです、登記をした後はこちらの責任になりますの
 で、なるべく客観的な証拠によって境界の確認をしたいという事でこういった方法でやるんで
 す。」
 「現地で測量した後どのくらい時間がかかるんぞな。」
 「そうですね、後役場と土木事務所に申請しますので分筆の登記が出来るのは大体1ヶ月く
らい後ですね。」
 「何、そんなにかかるん。嘘じゃないん。ずっと前に分筆してもらった時は、すぐ来てもらって、
平板でさっさと測って1時間くらいですんで、3日くらいしたら登記も出来とったんで。」
 「そんな時代もあったんですが、道路や水路も個人の土地と同じで、立ち会いをしてもらわな
いと駄目なんです。個人であれば、お願いすればご都合の良い時に立ち会いをしていただきま
すが。お役所は全部文書で申請して、その後立ち会いになり、境界に問題が無ければ、書類
等が整備してあれば境界確認の証明書を文書で交付してくれます。登記はそれを添付して行
いますのでちょっと時間がかかります。」
 「どうせ、コンクリート擁壁を後で工事するから、そこを今回の境界にしたらええんじゃろ。」
 「いえ、それでしたら、今回、分割した位置に目印になる標識を入れますので、それを基準に
 工事をされるか、標識をそのまま残す形で工事して下さい。工事で邪魔になるようでしたら、
 除けていただいてもいいですが、土建業社の方にはいつでも、復元の資料を差し上げますの
 で復元をしてもらって下さい。ご依頼いただければ当方で復元もしますよ。土地の事は永久
 に残りますので、きっちりしていないと後々困りますよ。」
 「少しくらい違ってもええじゃろう。」
 「程度にもよりますけれど、しかし、代替わりなんかして、他人同士になったら紛争の元になり
 ますよ。それに、そんな事をされると、当方が間違った登記をしたようにみられますので、最
 初からそういう御気持があるようでしたら、当方も分筆の登記は受託出来ません。」

 「・・・・。」



●高い

 「仕方ないなぁ、それで大体どのくらい費用がいるん。」
 「そうですね、この事例だと大体〇〇万くらいでしようか。」
 「えっ、このあたり坪10万もせん土地なんよ。あんたのとこだけじゃないん他にいきゃあ良か
 った。しもうたなぁ本当かな。」
 といった調子。
 これは、事務所内にかけてある報酬額表をみせまして、
 「本当の料金はこの程度いるんです。でもこのあたりでは、この基準に合わすと随分高くなる
 んで、実際はさっき言った金額を目安にしているんです。」
と料金の説明をしても駄目なんです。こんな事を言いますと、土地家屋調査士会からは怒られ
るんですが、田舎で業務を行っている関係でどうしても基準となる報酬よりも随分と安い金額な
んですが、それでも土地の単価等を考えたら、「高い」といって怒られるんです。
まあ、こういった方には、交渉したら安くなるんだという思惑もあるのでしょうが、最初の金額の
提示の際には少し高めに伝えておく事も必要ですし、
「こういった条件であれば。」とはっきり前置きしておく事も必要になります。



●調査士の言い分

 「高い」と言われる料金も、こちらにすれば国土調査の図根多角点がほとんど亡失している
ため、図根三角点から、単路線ではあるが現場の近隣を通る路線を組み公共座標で現地を
復元。 
 ほぼ全点に境界標識を入れ、官民境界については、全点、全断面をとり、境界を確定してい
る。残地についての境界確定をするまでには至っていないが、最低限の境界の確定の判断材
料とするためにも、後日の資料としても1筆地全部について測量、現況図を作成。という手順を
踏むと、どうしても最低の料金は譲れなくなります。
 依頼人さんの境界の証言も、全部丸ごと信用して、そのまま処理してはならない。
 調査士として、その裏付けとなる調査は当然しなくてなりません。
 まず国土調査時はどうだったのか。いかに国土調査の成果が悪いといっても全くの出鱈目で
はない。
 それなりの根拠で測量している訳で、その位置の対比をまず行わなければならない。そし
て、それらの事を理解してはじめて、的確な対応が出来る事になります。
 地図訂正を必要とするのか。そのまま業務をおこなえるのか。最悪、出来ないのか。依頼人
に内容を理解してもらい、後で齟齬のないように充分理解してもらった上で専門家としての知
識と技術で最上の努力をしなければなりません。最終的に責任をとるのは我々調査士なので
す。



●防衛策

 必然的にその対策として、資料の収集による調査は勿論、測量については国土調査の図根
三角点からのトラバース測量を行い、トラバース点は後々まで残り、再度使用出来るように必
ずコンクリート擁壁等にドリルで穴を開けてステンレス鋲を設置し、写真を撮り、後日のために
資料を残しています。
 当然、依頼のあった現地には1筆地のためには準拠点も2点以上設置し、準拠点により復
元可能にしているが、準拠点亡失の際は、先程のトラバース点からの復元とする。という風に
一度決定した境界については、後々の復元を考え、二重、三重の対策をとり、将来への保険と
しています。



● 見せる
 こういった事をしておりますと、お客さんのほうも、私が現地に何回も顔を出して、道路の方で
三角点をつなぐトラバース測量をしたり、現地の事前調査のためのざっとした測量。復元測
量。民民の境界の立ち会い。
 不動標識の埋設・設置。
 そして最後に確定測量。
 更には官公署との境界の確認と嫌になるほど現場に顔を出します。

 尤も、その都度依頼人に挨拶する訳ではないのですが、田舎の事ですから近所で何かして
いれば自然と、依頼人さんは解るようで、あきれたように。
「何と、手間がかかるもんですね。」
「はい、登記が出来れば、自分が測った境界については、後は全部うちの責任になりますの
で、このくらいはしないといけないんです。」
 と話をしますと。
 とたんに「高い」という話は無くなり、「大変やなぁ」といたわりの眼になります。これが尊敬の
眼になれば、我々の業界の発展につながるのですが。ここではそこまで要求してはなりませ
ん。その料金ぐらいの「価値」があると思ってもらったら仕事もやりがいがあります。



●過去

 蛇足ですが、今までに業務完了後、再度現地に向かって苦労したのは開業当初に手掛けた
仕事です。
 分筆の登記さえ出来れば良いという、あさはかな考えで現地の恐らくこれが境界であろうと思
われる構築物を任意座標で測量。
 それを法17条地図と同一縮尺で製図し、ここの構造物が恐らく同一の境界であろうと解釈し
て、図面の対比により、現地の境界の確定をし、登記をしたものでした、つまり合わせ図で処
理したものでした。
 現地には杭など入れず、引照点の鋲等は有るはずも無い、ただ単に器械を一筆地の全部
が見渡せる場所に据えて全測点を放射法により測量しているため、器械点や後視点には鋲等
残るものは始めから無い。
 当時、境界については不動標識から特定出来れば良いという事であったので、二本のコンク
リート製電柱の中心からの距離で境界を特定。
 しかし、その後の住宅事情の急変で、電柱は移動(電力会社に申し入れをすれば特段の事
情が無い限り移動してくれるそうである。)。
 おかげで境界を特定出来ず、既に当時の現地の記憶も薄れ、「確か、あの辺りにコンクリー
トの構造物があったはずだが」程度の記憶しかなく、きっちりと復元出来ない。

 一度測っているにもかかわらず、再度17条図面からの復元となり、何の為に分筆をしたの
か解らないという情けない事になり、当然その費用については請求出来ようも無い。こうなると
新たに入れた杭代も気分的に請求しずらくなり。新たに問題が起こりはしないかと気分が滅入
る。まさに若気のいたり(手抜き)である。



● もう遅くない

 このような事から、急かば廻れと「遅く」ても、自分のため、そして最終的には依頼人のため
になると思って、図根三角点からのトラバース測量、そして現在では基準点測量を行っており
ます。この基準点等も一回作成すると、もう近隣の地域については、さほど時間を要せず依頼
地を測るための機械点が作成できます。しかもこれは公共座標値を持っているのです。
 この基準点が自分の業務範囲の地域をある程度網羅出来るほど、作成する事が出来たら、
もう時間的にも他の調査士さんと遜色が無くなって来るんです。
 そして公共座標ですべての表示が出来、自分の処理した現場に、官公署が公共測量を行っ
ても、何も恐れる事はありません。そして自分自身の依頼地の処理についても的確な判断が
下せるのです。
 これで「遅い」どころか、「早く」付加価値の高い公共座標で測量の出来る。高度な技術を持
つ土地家屋調査士に変身です。



● 性格

 調査士も客商売、依頼人にあたえる印象が良ければ、商売繁盛という事になるでしよう。だ
が、これは半分以上性格に起因します。調査士さんは、その公共性の高い仕事に忠実であろ
うとすると、どうしても武士の商法となりがちです。かく言う私もそのもののようで、「もう少し、愛
想良くすれば良かった」と思うことはしばしばなのですが、こればっかりはなかなか改善出来な
い。
 家族から「瞬間湯沸かし器」とあだ名される「短気」な一面を持つ私にとって、依頼人からまく
したてられると、すぐに頭に血がのぼり、反論する事になります。冷静になってみると、そんな
に大した事じゃなかったのにと思う事が多く恥ずかしくなってしまいます。
 これは、私自身に余裕が無いのだと思います。あまり余裕(知識を含めて)がないために、依
頼人と距離をおいて話しをする事が出来ない。専門家であるにもかかわらず、同じ土俵上でけ
んかをしてしまっているのです。
 専門家としての自覚をもてば、依頼人には親身に成りながらでも、ある程度の距離を置き、
冷静な判断が出来るようになり、更に余裕をもって的確な判断が出来る事になります。これは
けっして依頼人を見下せと言っているのではありません。
 自分自身の専門家としての知識、経験の裏打ちがあるかどうかといっても良いでしょう。



●最後に

 これで、なんとか「早い」、「価値ある」、「少し親切」な土地家屋調査士になれるでしょうか。



国土調査地区の話
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