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●初めての依頼 年末にGPSを購入。使用開始して、はや3ヶ月がたった。 子供のおもちゃと同じで、手に入れてしまうと、なにやらお尻がむずむずして使いたくてたまら ない連中、あちらこちらと計画を立て、練習がてらの観測を開始。 そうはいっても、精度の良い広範囲の基準点の作製にそろそろ目覚めてきている自治体と の要望にも合致して、交渉の結果、ある程度の予算を付けてくれる事に成功し、全くの研修で は無く、実務と研修の半々の現場も適当にこなし、受信機の据え付け方にもそろそろ慣れた 頃、調査士仲間からの初めての仕事の依頼があった。 なんでも大規模な造成を行なう為、その前提として土地全部の境界確認を行わなくてはなら ず、S氏がその業務を受託したものである。 S氏は日頃から基準点作製には指導的な立場にあり、実践もしているのだが、残念ながら、 現場は国土調査実施地域ではあるが与点となる図根多角点はほとんど残っておらず、図根三 角点も余り精度が良くないらしい。 そのため、いっその事、本格的に四等三角点や三等三角点を使用しての建設省作業規程に よる2級基準点を作製、順次3級・4級基準点を作製して、境界確定後までの仕事をきっちり行 いたいと考えた。だがS氏も我々と同様、零細企業の調査士であり、一人でこれだけの基準点 を作製する人員も、時間もなく、我々のGPSにお声が掛かったものである。 (我々の基準点観測の技術にお声が掛かったのではない) ●遠慮 「あの、まだ正式に発注になった訳じゃないんですが。見積を出し、ほぼ決定なんですけど、も しこの仕事が取れなかったら。仕事をやって頂いても、支払いが出来なくなって迷惑をかけま すんで。」 「何時頃、必要なの。」 「境界の確定のための復元測量を今週からやろうと思っているんです。」 「そしたら、直ぐにでも、基準点がいるんじゃないん。来週でも行こうか。」 「いや、発注がなかったら、迷惑をかけますから。」 「お金は後でいいよ。実費くらいでいいよ。」 「いや、もし正式な依頼が来ない時は自分の分は仕方ないですけど、みんなに仕事して貰って 支払い出来ないのは困ります。」 「気にせんでいいよ。その時はその時だよ。いけなかったら飲ましてくれたらそれでいいよ。」 「はい、それはきっちり飲ませる気ではいるんですが、まあ、決定してからお願いします。」 なかなか遠慮深いが当然の事だろう。私だって自分の立場だったらそう言う。 ●どうにも、止まらない だが、この位の遠慮では大人のおもちゃを手に入れた我々の欲望を止める事は出来ない。 仲間内で電話が飛び交う。 「彼、えらく遠慮しとるけど、どうしょう。早く基準点作ってあげんと、仕事に影響しそうな状態み たいなぜ。」 W氏「そうやね。こっちで観測して、後で彼に請求書だけまわしたらいいが。」 「ほうじゃね。そうするか。じゃあ他の連中にも電話するか。」 他の若い仲間のO君に 「2週間後の日曜日に観測に行くで。」 「はい、分かりました。近いから現場へは朝行きます。」簡単。 更に、Y君へ。「2週間後の日曜日を利用して観測に行くで。前の日から泊まり込みで行くよ。」 「ちょっと待ってや、家庭サービスせんといかんのに。」 「何言うとんの、日頃してないけんいけんのよ。いまからちゃんとして、行けるようにしなはい。 ちゃんと夜は家に居るようにしなはいよ。」 「ろくな事言わんね。私はちゃんと真面目にしとります。」 「そんなら、行けるね。」 「えっ。あ、・・・。はい。」Y君、往生際が悪いぞ。 ●行けるぜ かくして二週間後には全員が集合する事になった。 「全員、行けるぜ。」 W氏「そしたら私は現場を良く知っていますから、彼の事務所に行き、一緒に現場の下見に 行って、ついでに選点してきましょうわい。」 主役のいない間に話がついてしまった。みんな責任がないから気楽なもの。 S氏、災難。 翌日、電話が入る。 W氏「もう、選点して来たけん。ついでにカーテンも測りました。世話ない。」 「はい、それならさ来週な。」 「ああっ、言い忘れてましたけど、GPSを販売してくれた会社が我々を取材にきたいと言ってま したので、OKしときましたけど良かったですか。」 「ええよ、どうせなら観測した後、取材を受けたら。」 「そうですね。そうしましょう。」 ●鳥目 観測計画によると早朝6時20分からの観測という事で、我々2名は前日の夜出発した。 仕事の関係で、夕方6時に待ち合わせて、若いY氏が運転して出発したのは良いが、出発前 から小雨が降っており少々視界が悪い。 彼と話をしながら、山間部の国道を進行していると突然の豪雨、前が殆ど見えない状態。「す ごい雨やね。ありゃ、これはみぞれで。」明日、早朝から現場でずーっと立っていなければなら ない事を思うと憂鬱になってくる。 殆ど洗車をしない私の車もきれいなった頃、若いY君、ぼそっと 「鳥目なんよ。家族も夜一緒に車に乗るの嫌がるんよ。」 「えっ、そりゃいかんがね。」 そう言えば、えらく白線に寄って走っている。だがその白線も先程から県道に入り、照明が暗 くなり、かなり見えにくくなっている。 「交代しようわい。」 私は、鳥目ではないが、運転は下手くそである。お互い肝を冷やしながら、やっと高速道路の 入り口までたどり着く。だが、高速道路もやっぱり照明が暗く、おまけに交通量も少ないため、 余計道路上は暗い、夜で雨という事もあり、白線も薄らぼんやりとしか見えない。まるで、はや らないパチンコ屋の店内の照明のように薄暗い。自分の鳥目や、運転の下手なのは棚にあ げ、いろいろ愚痴りながらも、高速道路の出口へ。そして22時、やっと今夜の宿泊場所にたど りつく。 少し、緊張感を緩め、良く眠るためのお酒を少し補給し、ホテルで熟睡。 ●ごめん だが、前日のお酒が少し過ぎたらしい。朝、気がつくと既に5時をまわっている。急いで着替 え、隣で寝ているY君を起こしにドアをノックするが、中からは威勢の良い返事だけが聞こえ、 暫くしてドアが開き、寝間着のままの彼が出てくる。 「行くで、早う着替えんかな。遅れるで。」 「もう、行くんかな。」Y君、慌てて着替える。 時計は5時20分。まだ現場には余裕で間に合う。 さぁ出発だ。だが腹が減っては戦が出来ぬ、近くのコンビニで朝食の調達を行う。所要時間 10分、後は車で現場に向かうだけ。しかし、我々は待ち合わせの場所を知らない。 昨夜、口頭で川を渡らずにパチンコ屋の前の場所という説明を受けただけ。後は2万5000 分の1の図面に観測計画を書き入れた紙がある。 Y君に案内は任せたとばかり前方の案内板をみながら、急ぎ走る。現場は近所に一回研修 で来ただけで全く地理が分からない。 ●ネオンの点滅が無い とにかく急げと集合場所に走る。おかげで6時前には川に到着。 しかし、暗い。夜遅い時間ならパチンコ屋のネオンもにぎやかに点滅しているのだが、早朝 からは点滅してはいない。真っ暗だ。どこにも目標とするものが無い。 それらしき人物もいない。まずい、間違ったか。 横のY君、この道がこうだから、もう一つ手前の道路ですよ。と図面をみながら指示するがさ っぱりそれらしきところに行き着かない。 川と言われたが、海に出てしまった。時は6時を過ぎてしまった。こりゃいかん。携帯電話で 助けを求める。 「皆どこにおるん。」 W氏「取り敢えず止まっておいてください。どの辺りですか。」 「川の土手にいます。今から国道に出て、車を横に止めておきます。」 W氏「了解」。 そして1分後、助け船はやってきたが、その車に先導され連れられていったところは、なんと 200メートル程移動した国道の反対側の空き地であった。 「ありゃ、さっき通ったが。3回くらい行き来したぜ。」 W氏「わざわざ車のライトつけてあげていたのに、分からんかった。」 「ごめん。」穴があったら入りたい。 原因は案内役のY君が国道の位置を、図面の道路を1本分南の位置と勘違いしたために起 こった不手際だった。 私ではないんですよ。と言っても不案内な土地だったらもう少し早く出てこいと怒られるだけの ようである。 散々みんなに怒られる羽目になり、折角の観測計画もすべて1時間遅れとなる。 ●傾いている みんなの白い目を背中に、観測現場へ向かう。先程川沿いに車で走った丁度反対側の川と 国道が交差する場所に、私の受け持ちの場所があった。今回の私は3セッションともこの場所 での観測である。 アーチ型の橋と、川のガード・レール、そして街路灯、いろんなものが上空に突き出ている。 観測点は川の護岸のコンクリート擁壁の中で、ガード・レールの丁度下の位置に設置してあ る。そのため三脚もあまり高く据え付けが出来ない場所であるが、三脚に据え付けた製準台と 受信機の間を50センチの継ぎポールでつなぐと、2メートル20センチのアンテナ高になった。 だが私の目で確認するとどうも一方向に傾いている気がする。背景の街路灯やガード・レー ルと対比すると、傾いている。 「ありゃ。気泡管が狂っているのかな。」 水準器を覗きこむが、きちんと気泡管の泡は真ん中に行儀良く座っている。 再度、背景と対比してみる。この場所は国道と川の交差する場所であり、一番高い場所で、 川に添って国道から外れると段々低くなっている。その傾斜に合わせるように周りの構造物が 微妙に傾斜しているのだ。曲がっていなかった。 ●ヘルメット 観測を開始しようと受信機の電源を入れる。先程から小雨が降っている。前回の観測で雨の 日の観測には帽子よりもヘルメットの方が、雨を通さないのを身を持って知り、今回も着用と相 成った。周りの方は、作業服を来たおじさんが鍋を逆さにしたようなへんてこな格好の器械の 横にじ〜っとしている、少し危ないんじゃないのかなと思ったかもしれない。 だがいいのだ、寒く無ければ良い。使い捨てカイロも使っている。雨が頭に染み込まなけれ ばいい。格好いい帽子をかぶったってびしょびしょになるよりも、現場監督のヘルメットをかぶ って頭が濡れない方がいい。 もう色気も無くなりつつある。 そろそろラクダのパッチだって履こう。格好気にしていたら、山の中ではやれない。 だが、ここは平地。国道の真横。多少恥ずかしい。 ●来たぞ 観測を開始、第1セッションが終了し、第2セッションが始まろうとした時、トランシーバーから O君の声で 「今、こっちに取材に来て終わりました。そっちに向かっているようですよ。」 取材のために4人がこちらへ向かって歩いて来ている。じっと待っているのも手持ち無沙汰 で、何やら照れ臭い。 到着した若い女性(調査士の業務をやるようになってから、若い女性と話す機会がほとんど 無くなったため、女性はみんな若く、美しくみえてしまうので、この女性が果たして何歳であった か定かでない。)から 「今日の観測開始が遅れたのは先生の性らしいですね。」 「いや、原因は若い彼なんです。」と向こうにいるY君に罪を被せる。 きっとY君は私の性にする筈である。 「ヘルメット、お似合いですね。」 ほめる処が無いせいだろうか。気にしているヘルメットを誉めてもらう。どうせ私はスタイルも 悪いし、顔だってみょうちくりんですよ。 ・・・そう言えばスナックに行ったら歯しか、誉めてもらった事がないなぁ・・・。虫歯だらけの歯 なのに何故誉めてくれるんだろうと不思議に思っていたら、誉める処の無い人は取り敢えず歯 を誉めておくんだって。それが水商売の常識らしいよ。と昔、友人が教えてくれた。 ●事務所にて やっと3セッションが終了し、我々も取材の方も一緒に、宝さんの事務所へと向かう。 宝さんは我々の中では一番大きい事務所を持ち、司法書士との兼業者でもある。 観測データをパソコンにダウンロードしながら、観測の終わった安心から缶ビールを飲み干し、 弁当を食べながらの取材となった。 出るわ、出るわビールが一杯出てくる。おまけにつまみが一杯、宝さんの奥さんからの差し 入れもあり、豪華なつまみである。 これはビールを飲まなくては悪い。いやいやながらも、たちどころに缶ビールを飲み干す。1 本目の缶ビールと弁当が空になったところで取材は再開された。 ●取材 「GPSを一緒に購入された皆さんが出会うきっかけは何だったんですか。」 「この今回の現場の依頼をしてくれたSさんのおかげかな。彼がこちらに帰ってきて、基準点、 基準点と騒ぎだしたんですよ。そこから基準点の研修や各種の研修をやるようになり、研修を やる事によって基準点の技術や知識を持った人や開発途上の人との連携が取れ、何か基準 点はやらなければならないなという雰囲気がでてきだしたんです。 丁度そんな時期に、W氏や若手の彼等が調査士会に入会して、研修に加わり、どんどん加 速度的に基準点への認識が高まっていった訳なんです。そしてその研修の時に必ずやる飲み 会で一番酔っ払っていた連中が我々で。飲んだ勢いでGPSを買ってしまったのかな。」 「折角、GPSを買われても、棚に飾って置くだけのところも多いようです。皆さん日常で活用さ れていらっしゃるでしょうか。」 「正直、使いたくてたまらないんです。測量会社さんなら採算に合わないとGPSを使用しないけ れど、我々は採算は関係ないですから。趣味の世界ですね。高価なおもちゃですね。それに基 準点は先にやってしまった者の勝ちみたいなところがあるし、地域にある一定の数をつくれば いい訳だから、今の内にどんどんGPSを活用して平地に基準点をつくって、後は平地の基準 点を使用して自分の仕事に使用したい。我々も歳をとるし、段々山登りがきつくなります。それ に調査士の日常の業務からある程度行政とのつながりもあり、登記業務での基準点の必要性 を話すると、ある程度乗って来てくれ、我々調査士も官庁もお互いに使おうという事で研修の 補助という形で予算をつけてくれるんです。」 ●失敗 「今までにされた失敗で、何かないでしょうか。」 どきっ。私の方を見ている、失敗だらけなのに何故そういう意地の悪い質問をするんだろう。 「今までの観測で一番印象に残っている事は」と聞いてくれたら、「観測で一度も失敗がなかっ た時です」と答えようと思っていたのに。中年のおじさんをいじめないでくれ。それでなくっても女 性には必要以上に弱いんだから。この際静かにしておこう。 みんなどうも同じ気持であったとみえ、誰も答え無かった。 ●観測が下手だから 「GPSを購入されたきっかけとか理由はどうだったんですか。」 「基準点測量の研修をやっていくうちに、GPSといういい機械があるらしい。一回使ってみたい という話になったんです。それがいつのまにか買おうかという話になってしまったんです。」 調子にのって、ついでに「お酒に酔った勢いですよ。」と本当の事も言ってしまう。 缶ビールを3本も飲んでしまった。2本にしとけば良かった。取材の美人についつい見とれて 飲んでしまった。 そこへ、やっとパソコンの操作が終わったW氏 「観測が下手やけん、1キロ先の観測が出来んのですよ。だから何か方法は無いかと思案して GPSを買ったんです」。 事実です。言われると返す言葉がない。基準点測量を測量会社で専門にやっていたW氏に とっては、我々の基準点技術や知識なんか危なっかしくて、頼りにならない。当然だろう。現場 での事を思い起こすと、思い当たる事ばっかり。 私が思い上がっておりました。すいません。
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