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● ある依頼 ちょっと変わった依頼があった。 依頼人Aさんから「国土調査以前に登記をしている物件なのだが、1つの街区のほとんどがC 所有であったため、その街区の中を斜めに横断する形になっている里道を境にして里道の西 側の土地をAに、東側をBにわけて財産分けをしたのだが、どうもそれについて誤解が生じて いる。誤解をとくような説明をしたいのだが、自分も納得してBさんに説明したいので、どう説明 したら良いか教えてくれないか。」という相談とも依頼ともつかないものであった。 依頼のあった土地は私の事務所の近所の物件である。 早速、法17条地図と登記簿を調査すると、法17条地図と現地は合致している。現地の里道 は依頼人の記憶のある範囲では過去も現在も、付け替えの事実はなく現状のとおりであると いう。 ![]() ● 遺産分け Aさんによると、遺産分けをおこなった時は、現存する里道から西側の土地と東側の土地と いう事で被相続人Cの妻(A、Bの母)が司法書士・土地家屋調査士の兼業者D(故人)に依頼 して土地分筆登記および所有権移転を行なったという事であり、現在の国土調査の地図とそ の登記簿による所有権に誤りは無いという。 だが、国土調査前の土地台帳附属地図では里道の西側に位置していた土地(1番耕地143 6番1)を国土調査の持ち込みの2年前に分筆して、その分筆した土地(1番耕地1436番1、 1番耕地1436番4)をそれぞれの所有者に所有権移転している。そして国土調査の持ち込み がなされた時、その土地はそれぞれ里道の東側(201番)と西側(300番)の土地になってい た。 ![]() ![]() 国土調査が終了し、ほぼ20年が経過して当時の事の記憶も薄れた頃、詳しい事情を知る人 もいなくなり、Bの息子さんが建物の登記のため登記簿を閲覧した際にこの事が解ったらし い。 そのためBの息子さんは「里道は現在も今も変わりがない位置である。したがって、昔の土 地台帳附属地図の里道の位置と現在の里道は合致しておりその里道より西側に所在した土 地を分割してAとBにそれぞれ所有権移転したはずであるから、Bの土地が現在の里道の西 側にあるはずで、国土調査が分割後の土地を里道の東側に持ってきたのは誤りであり、里 道から東側は他の土地であり、分割された該当の土地は含まれない。」という主張である。 遺産分け当時の当事者であったBさんは、高齢のため当時の記憶は無いといっているらし い。 法17条地図と土地台帳附属地図および登記簿の閲覧結果によるとBの息子の主張が正し く思える。思わず「これだけでは、Bさんの方の主張の方が正しいみたいですね。なにか他に資
料はありませんか、当時の登記された資料なんかはお持ちじゃないですか。」「持っていま
す。」と言って、土地地目変更、土地分筆、所有権移転の登記済それに、さすが資産家だけあ
って役場が図面をくれたといって、土地台帳附属地図の写までも持っておられた。
● 地積測量図 国土調査前のわずか3年前の分筆、この地区の国土調査は、調査から法務局への持ち込 みまで約10年かかっており、調査期間はすでに終了し、法務局への待ち込みだけとなってい た時期の分筆で、当時は国土調査実施機関の承認を得て分筆を行なっているはずである。 だが、昭和51年に作成されたこの地積測量図を見た途端「えっ、何故」絶句。現在の17条 地図とは全く相違した図面が描かれていた。当然地積測量図は求積地のみの記載であり、残 地についてはその形状の記載はない。当然の事のように不動標識の記載もない、しかも求積 は10cm単位の三斜法による求積である。過去の分筆がそうであったように所有権移転のた めの面積のみを確定している図面と言って良いだろう。 更に里道の位置が相違していないなら、現在の17条と形状が同じはずであるが、求積地に ついても、実際は土地台帳附属地図の形状を拡大してあるにすぎなかった。 面積的にほとんど半分に分割したにもかかわらず、求積を行なった部分が八割を占める形 状になっていた。 ![]() ● 鉛筆書き 「これでは、何も期待できないな」と思ったが、分筆と同時に行われた所有権移転の登記済 証と一緒に司法書士・調査士の兼業者D氏により、鉛筆書きで何やら説明書きがあるではな いか、地積測量図の里道の表示の記載から更に東側に里道を延長し記載してある。 しかも、良く見ると、その鉛筆書きの土台となっている図面は、国土調査終了後の図面の上 に鉛筆書きがある。 この地区は、国土調査と同時に地番を行政区画の変更で振り替えている。したがって、現在 の地番(何町何丁目何番)と旧地番(何町何番耕地何番)は国土調査の前後の目安となってい る。 コピーが悪く、鮮明ではないが、その土台となっている図面の外郭の形状は明らかに、現在 の17条地図と同一であるが地番は旧地番のままである。その図面に里道から更に東側に土 地台帳附属地図での里道の位置を示す二本線が描かれており、昭和52年に分筆し求積され た土地は図面では、里道の東側に面積とAの名前が書かれ、里道と鉛筆書きでしめされた範 囲には残地部分の面積とBの名前が書かれていた。これにより、私には原因が解った。 単純に土地台帳附属地図の里道の位置と現況の里道の位置が違っていたのだ。 ![]() ● 国土調査の処理(推測) 恐らく国土調査の調査により、この土地台帳附属地図の里道の位置と現況の里道の位置に ついては違っているという事は判明していた。 更にこの里道は同一地番の中に存在し、分筆した土地はメガネ地の状態であり、国土調査 の職権により修正されるはずであった。 当然分筆された土地についても、面積的なものは決定していたが、法務局までの持ち込みに はまだ時間を要していた。 したがってD氏は面積のみを合わせる分筆を行なった。この時期の分筆は国土調査実施機 関の承認を得ていたはずで当然国土調査実施機関はこれを知っていたはずである。登記簿 の記載をみても、国土調査後の形状と求積地の形状は明らかに相違しているにもかかわら ず、国土調査による更正は行われず、残地についてさえ、国土調査による面積の更正は0.2 u程度になっている。これらの事実についてどう考えるべきか。 一方、財産分けについては急を要していた。しかし国土調査の法務局への持ち込みにはま だ時間がかかる。そうすれば個人で何とかするしかない。 こういった状態であったはずである。これらから推測すると、里道の位置とメガネ地の解消を 行なうには多大な労力と金額がかかる。 いずれ国土調査により修正する事は解っていれば、どちらか一方の土地のみを求積し、とに かく現在の里道の位置に分筆線を入れ、所有権移転を先行して、後は国土調査できれいな形 に修正してしまおうと考える方が自然であるかもしれない。 本来、我々はそういう事には関与してはならないし、後々問題にならないように、正規の手続 きどおり、地図訂正、地積更正をおこなって分筆・所有権移転をする事が本筋であることは疑 いようがない。 しかし、こういった状況の中で、どのような処理を選択するか迫られた場合、私であれば今回 の処理方法を取る可能性が高いと思う。 以上の事をAさんに説明。Aさんもすぐにはこれらの事を理解出来かねる様であったが再度 説明を行なうと、どうやら事の次第を納得された様である。 国土調査の17条地区で業務を行い、ある程度の事を承知している我々にとってさえ説明の 難しい事である、Aさんが理解出来にくいのも無理はない。 ● 建物の位置 一週間ほどして、またAさんが事務所にみえた。Bさんにも説明したが、Bさんは「里道の位置 は昔から変っていない、説明が本当なら現在住んでいる建物の下に里道があった事になる、 建物は昔からある訳だから、いかに昔の図面であっても間違っているはずがない。」。 更に「建物の登記についても、説明のとおりであれば里道の上に建っている事になるが国土 調査前に増築の登記がきちんと出来ている、おかしいじゃないか。」と言うんです。 調査すると、確かに1番耕地1518番1に所在していた建物について増築により1番耕地15 18番2と1番耕地1435番1および1番耕地1435番5に所在するようになっており、その建物 図面も提出されている。 ![]() 「土地の地図訂正や分筆登記を依頼されればそれなりに調査していきますが、建物の登記 についてはある程度の調査、測量は行ないますがどうしても限度があり、申請人さんの指示さ れる境界と公図がほぼ一致すれば信用して登記をします。 今回の場合は里道の位置が公図と一致していると指示されればそんなに矛盾もなかったの で上記の建物図面の所在の登記になったものと思います。 どうしても建物の登記であれば土地調査と違い、確認程度の調査になります。調査不足と言 われれば仕方ないのかもしれませんが、この事例の場合はかなり調査、測量そして現地との 対比をしないと本当の事がわかりませんから仕方ないのではと思いますが。 登記の事実だけを調べると、Bさんの息子さんの言うとおりなんですが、実際の土地の状況 と照らし合わせていただくと当事者であればすぐ解っていただけるはずなんですが、なかなか 難しいですね。ところでBさんに分筆の図面や鉛筆書きの図面をみせられました。」 「いえ、そんな雰囲気じゃあないし。どうも私が持っているという事だけで、資料をあまり信用 してくれないみたいです。」 「もっと、客観的な事実を調べなくちゃあ駄目ですかね。もう少し時間をもらえますか。」 客観的な資料と言えば、法17条地図・登記簿・土地台帳・地積測量図・土地台帳附属地図・ 畝順帳・空中写真といった処である。しかし、法17条地図・登記簿地積測量図についてはBさ んも息子さんもこれを調査して「里道の西側に土地がある。」と主張している訳だから、他の資 料で説明しなければならないだろう。 ● 空中写真 私は今まで、空中写真を使用した事がない。子供の小学校の記念行事で、小学校の周辺の 空中写真を見た事があるが、その注文の方法は全く知らない。 早速、調査士仲間に連絡を取り、注文方法を教えてもらう「どの場所の写真が欲しいかは国 土地理院(各地の測量部)へ行って、その場所が良く撮れている写真を選んだらいいんです よ。大抵一番古い写真は米軍の撮った昭和23年頃の写真ですよ。住宅地図も送って、この部 分という風に表示していれば、向こうで適当な拡大にして送ってくれますよ。ついでに申請書も Faxしてあげます。」と親切に教えてくれた。 取り敢えず、Faxされた申請書と説明図を読む。地域によって異なるが5年か10年毎に空中 写真が撮られている様である。 しかし、測量部にまでは出かけて行けない。そのため申請書のコース番号等が解らず、申請 書に記載が出来ない。そこで直接、『財団法人 日本地図センター』に電話して聞くと、「国土地 理院発行の5万分の1の図面に必要な部分を四角で囲んで注文して戴いたらいいですよ。ど のくらいの用紙のサイズにするのか、何年頃の写真が必要なのか記載して下さい。別に申請 書でなくてもかまいませんよ。それが着いたら、担当者の方から電話で照会します。」と親切に 電話で応答してくれた。 最初の昭和23年と40年、50年、60年そして一番最新の写真を請求する書類を送付して2 週間、担当者から「指定された年の分より多少ずれますけどいいですか。それと指定の用紙で すけれど、あの住宅地図の囲った位置程度でしたら一番小さいサイズで大丈夫ですよ。カラー 写真については61年の分だけです、後は白黒になりますがいいですか。」との電話が入り、1 週間後写真が送られて来た。 さすがに写真と国土調査の図面は一致するなと感心。問題の位置も鮮明に写っている、大 体の縮尺についても記載があり、認証もしてくれている。昭和61年のカラー写真は白黒に比 べさすがに見易い。調査に忠実な調査士は頻繁に空中写真を利用しているという、私の日頃 の資料収集の怠慢ぶりが良く解る。確かに境界紛争や過去の占有状況等の調査については 絶好の資料である。 ● 土地台帳 ここで、国土調査で合併されたりして、現在の登記簿には表示されていない事項を調べるた めに土地台帳を調査した。そうすると以外な事実が出てきた。 ![]() 土地台帳附属地図にある1番耕地1435番5を念のため調査すると大正11年に廃道とさ れ、大正13年に個人に払い下げをされている。 更に大正10年1番耕地1435番1から1番耕地1435番4が分筆され、道路とされている。 いずれにしても旧1番耕地1435番の土地の全容と、土地台帳附属地図から1番耕地143 5番5の土地は東側に隣接する土地であり、問題の里道の位置まで接している土地であるた め、里道の位置はどこかという問題は一気に解決出来るはずである。 ● 経過表 この問題になっている土地について、その経過を知るために経過表を作成してみた。
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![]() この経過表を作成した事により1番耕地1435番3について、土地台帳付属地図の記載の 誤りも判明した。 ● 畝順帳 この地区の公図の精度は悪いのでスケールアップなど出来るわけが無く、距離等をしらべよ うとすると畝順帳しかない。 仕方なく国土調査地区ではなるべく見たくない畝順帳を調べる事とした。たまたま畝順帳のコ ピーが手元にあったので土地台帳附属地図と比較して、里道の位置がどこにあったか調査す る事とした。漢字をあまり知らない上に日頃から毛筆に親しんでいないもので、達筆な文字は 皆目読めない。完全な推読になってしまう。 ![]() ![]() ここで、畝順帳の中の該当する土地のうち、里道、溝の記載のあるものを整理してみると、 (ちなみに1間を1m818として計算)
更に、これらの距離を現在の国土調査の図面上から求め比較してみる事にする。 1番耕地1517番については所有者はA、B以外であり境界については国土調査の前後に かかわらず変化は無い。北側の溝から畝順帳では34m54の距離が里道の延長である。これ を国土調査の図面で距離を比較すると、203番に接する距離が34m20である。 その差34cmは十分使用に耐えれる精度である。そこで、ここを基点1として考える事にす る。 1番耕地1518番と1番耕地1519番の南側の溝および道に接する距離においても注目して おきたい。1番耕地1519番については10m36、1番耕地1518番については5m45、両方 合算すると15m81となる、これを同様にして国土調査の図面で比較する現在の国土調査の 距離18m70とはその差2m81と大きく相違する。 ![]() 更に確認の意味で1番耕地1519番の東溝は28m54であり、国土調査の図面では 24m30でその差4m24の差がある。これは1番耕地1519番、1番耕地1519番とも南側の 溝、水路とも2合(0m36)になっている。したがって0m72を加えて計算してみると29m26と なる、これを道路の反対側の境界までの距離の延長をスケールアップすると29m50となり、 ほぼ同一の距離である事が解り、町道も拡副されている事が解る。 同様にそのようにして距離を求めると、先程の1518番と1519番を合算した距離について も15m80とほぼ合致した距離が出るが、昭和38年に県道の買収がなされているので、国土 調査では、多少短い距離となっているが、その当時の買収は30cm程度であったので、約30 cmの相違と考えて良い。 更に畝順帳によると1番耕地1518番と里道の接している距離は30m57である。 これまでの畝順帳の復元から、ほぼ合致している事がわかるので、形状の相違にはある程 度目をつぶる事として、国土調査の図面の202番と201番に接する地点(ア)までは11m20 程度ある。 公図の形状がある程度正しいと考えてこの11m20の地点から県道に向かって残りの距離 19m37の距離を取る事にすると、現在の国土調査の図面に表示すると、199番1の県道と 溝の接する角(イ)から3mほど201番よりの位置(ウ)になる、更に里道の巾を同様にとると、 2mほど更に201番によった位置(エ)になる。そこで今度は、1番耕地1435番に接していた 里道の距離は11m82であるから(エ)から(ア)の里道の反対側の角(オ)へ向かってその距 離をとると(カ)の位置が出てくる。この位置が1番耕地1435番の土地の一番端の部分であ り、ここから県道に向かってほぼ直角に伸びる位置こそが公図上の里道の位置と言える。 随分と乱暴な仮説で、なるべく現在の位置に有利になるように展開したのだが、残念乍ら現 在の位置にはならないようである。更には1番耕地1435番1の土地の面積(48u03)、払い 下げを受けた1番耕地1435番5(9u91)についても面積を考察しなければならないが、そこ まで考察すれば、段々鉛筆書きの位置と一致する事になる様である。分筆申告書を調査して 1435番の県道に分筆、買収された距離(1435ー3、1435ー4)を調べれば一目瞭然であ るが、残念ながら現在では調査は不可能である。 そのため更に、詳しく調査しなければ確定出来ない、たとえば町道を挟む反対側の位置、県 道を挟む反対側の位置、1番耕地1441番からの里道の位置等を調査しなければ、確定はし ないのだが、今回の調査についての報告はこのあたりで留める事にする。
● 結論らしきこと どうも、廃道となった里道の位置、そして畝順帳の位置関係から、やはり土地台帳附属地図 で表示されている里道の位置は誤っている様だ。 いずれにしても、里道の位置が土地台帳附属地図で相違したため、分筆で対処したという事 のようである。 国土調査により便宜を図って、過去の事情や図面を無視して、現況の占有状態に合致させ ている事例も見られるが、今回のように一度もめると後々証拠が残っておらず、当事者の記憶 の中での処理となっており、その真実については後の資料から追求するのはかなり困難が伴 い、全部が全部理詰めで真実を追求出来なくなる。 国土調査実施機関も当事者も善意、いや軽い気持ちで便宜的に考えているが、後で大きな しっぺ返しを食らう事になる。記憶ほどいいかげんな物はなく、長い年月を経過すると自分に 都合の良い事しか記憶していない事は我々の経験からも身を持って知っているであろう。 ● 残念ながら 本来、我々調査士は法務局に提出された資料である地積測量図と登記簿により、その経緯 を知り、それを依頼人に説明している。今回のように正しい処理(登記)をしなかったために、 折角なされた登記を全部否定する事になり、我々の存在価値すら疑られる事にもなる。 多少面倒くさくても、正式の処理を行なう事が後々の証拠を残す事にもなり、真実を残す事に もなる。国土調査実施においては正式の方法よりも簡易的な方法でその処理が行なえるはず であるから、その方法で処理をしたいものだ。 ましてや我々の業務においては同様である。登記官をごまかしたような仕事をすれば、後々 自分の首を絞める結果が待っている。 この事例は残念ながら、調停へと持ち込まれ、ついに裁判へと発展しようとしている。 ● 土地の境界鑑定 この事例に関しては、今後裁判所から境界の鑑定を依頼されるかもしれない。 自分の手掛けた事例だけに非常に興味があり資料の収集および理論についての整備につ いても継続的におこなっているが現在まだ断定的に言い切るまでの物的証拠を得られていな い。 それに残念ながら私は土地の境界鑑定を行なった事がないので、今後どのように展開して 行くのか、どのように処理した方がより良い方法なのか解らない。 賢明な読者におかれては、この事例について、誌上の資料や私の拙い説明に基づいて、一 度この土地の境界鑑定を試して頂きたい。 そうすれば、もう一つの業務分野が開けてくるかもしれない。
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