第3章 集中治療室
心筋梗塞闘病記 ●ICU(集中治療室) そのまま ICU に移される。 看護師さんが注射器で血液の採取,血圧計で血圧・脈の測定,体温そして洗濯バ
ある。
さんがこちらを向いて座っている。 点滴は2種類あり点滴用の支柱が2本並んでいる。心電図のモニター,左腕の点 滴のモニター,酸素のチューブそして尿カテーテルとチューブだらけである。 状態の深刻さを感じる。 ベッドの横には,尿の管につながった袋がある。看護師さんが分量を確認している が,いつの間にか尿が溜っている。自分ではオシッコをした気はないのだが何時の 間にか溜っている。尿意と尿の出とは関係が無いようだ。 1時間ほどして,お医者さんが診察にやってきた。 「どうかね。」 「大丈夫です。」 「以前から心臓の調子が悪くて,治療していることはなかったのですか。」 「いえ、今まで何もしていません。」 「調子が悪かった自覚は。」 「月曜日の朝に調子がおかしかったのですが。すぐに,何ともなくなりました。」 「就寝時ですか。」 「はい。大したことではないと思っていました。」 「たばこは吸われますか。」 「30 年前にやめました。」 「1日何本くらい吸っていましたか。」 「60 本程度です。」 「これから2日間は動かずベッドで寝ていてください。 血栓が外の場所に移動する危険があるので,上半身を30度以上起こさないでくだ さい。今は動けませんから,何でも遠慮せず看護師に言ってください。」 「カテーテルがまだ体内にあるので,下肢は動かさないようにしてください。検査 結果によって止血が出来る状態になればカテーテルを抜く事になります。今日の夕 方か明日の朝になります。」 夕方の診察で 「胸は痛くないですか。圧迫感はないですか。」 「少し違和感があります。」 「90%の狭窄部分がまだあるからなぁ。まだ,この状態で動脈に入れているカテ ーテルを抜けば血が止まらなくなります。血液検査の結果でもまだ影響が残ってい るようなので,今日はカテーテルを抜きません。 明日の血液検査の結果によってお昼にでも抜きましょう。」 カテーテルに接続しているチューブから血液を採取して看護師さんに渡した。 この血液の検査でカテーテルを抜くかどうか判断するようだ。 「これからずっと寝ることになり,身体のあちこちが痛くなると思います,湿布薬が 必要なら遠慮なく言ってください。」 発作の前から背中や首にだるい痛みがあった。 心筋梗塞の予兆だったのかもしれない。 首の痛みは頸椎のあたりで,背中の痛みは胸骨の真裏になる背骨の位置である。 治療後も背中や首の痛みはそのまま続いている。 これ以上痛くなっては困るので,看護師さんに湿布薬を首と背中に貼ってもらった。 ●舌下錠 胸部のレントゲンや心電図の検査は検査技師さんが機材を持参して病室で撮って くれる。 心電図も何回か検査してくれる。 心臓のまわりの3カ所で常時観測しているのにと不思議に思うのだが,検査技師さ んは心臓のまわりだけではなく足首と手首も計測している。役割が相違するようであ る。 夜,看護師さんが「胸は痛くないですか。圧迫感はないですか。」 「胸の一部に少し違和感があります。」 1時間ほどして,「先生からの指示で舌下錠が出ました。舌の裏に入れて溶かして ください。」 これがニトロ何とかというやつか,舌下錠を口の中に入れる。薬が溶けた頃には 胸の違和感が治まったような気がする。 少し熱っぽい,37 度 2 分ある。微熱が出たり,下がったりと体温がかなり変化し ている。夜になり,看護師さんが氷枕を用意してくれる。 ウトウトする度に,点滴の管が身体の下敷きになり点滴が落ちなくなる。 異常を知らせる警告音が鳴り,看護師さんがその都度対処してくれる。 申し訳ない。 ●ICU の二日目 4月11日(土)早朝,看護師さんの血液採取の声で目が覚める。 午前8時に朝食が出る。普通食である。説明書によると一日1600カロリー 6グラム以下の塩分ということらしい。150グラムの白米,味噌汁,牛乳に果物で ある。 まだ,上体を30度以上にする事が出来ず,口元に料理を運ぶことができない。 看護師さんがスプーンで食べ物を口元まで運んでくれる。 塩分薄めだが妻の味付けとそう変わらない。味もそう悪くはないが, 食欲が湧かない。 ごはん,おかず共に3割程度残す。 食事の後、看護師さんが「口の中を濯ぎますか。」とコップに入れた水を持ってきて くれた。上体を起こせないため,ハミガキを使うことは出来ない。 口に水を含みグチュグチュと濯いだ後、容器で汚れた水を受け取ってくれた。 午前中に診察がある。 「変わったことはありませんか。胸は痛くありませんか。」 「痛くありませんが,安静にしていると腰や首が痛みます。」 「昨日の結果では,心臓の酵素は良かったですが,薬の影響が抜けにくい体質の ようですね。」 カテーテルにつながるチューブから血液を採取した。 看護師さんが「ヒゲをそりましょうか。」と電気カミソリを持ってきた。 入院の日からヒゲを剃っていないので,顔をなでるとヒゲが伸びている。 「お願いします。」 自分でヒゲをそろうとするが、看護師さんが全部やってくれた。 お昼過ぎ,「身体を清潔にします。」と看護師さん二人がやってきた。 私の身体を二人かがりで横にしてビニールシートのようなものを敷く。 寝間着は脱がされ,スッポンポンにされる。 ぬる目のお湯を掛け,ボディシャンプーを付けて洗われる。 太腿の傷口もチェックされ,大事なところも洗われてしまう。 どうにでもしてくれ。 「背中が赤くなってきているので,横になるなどして姿勢を変えて安静にしてくださ いね。」 二日間安静で同じ姿勢でいるので,床擦れになりかけているとのことだ。 おまけに,首と背中も痛い。枕との相性があまり良くないようだ。 寝たきりで姿勢を変えることが出来ない状態では,枕が大切だ。最初に看護師さ んに2種類の枕を見せられ,どちらにしますかと尋ねられた。 どちらでも良いと思って,いい加減に返事をしたのが間違いだった。 枕が合っていないと首や背中への負担が大きくなり,どんどん我慢が出来なくなっ てくる。 徐々に負担が出始めている。 姿勢を変え,横になると枕が高すぎる。 枕を外すと,頭が垂れ下がるようで,これも調子が悪い。 いつもゴロゴロと横になり,テレビを見ているだけの粗大ごみと自覚している。 自分の意志で何もしないことは平気だが,自由に動けないとなるとストレスが溜り 身体の調子がおかしくなってくる。 首や背中の痛みは湿布を貼っても効き目が無い。 入院・治療説明書に止むを得ない場合には拘束しますと書いてあった理由が解る。 自分的にも,そろそろ限界のような気がする。 午後3時頃,心カテーテルを抜くことになった。 お医者さんがカテーテルを手際よく抜き,看護師さんに「15分間抑えるから,時間 を教えて。」と自分の手で圧迫して止血をしてくれた。 ●HCU へ 心カテーテルを抜き,上体を起こせるようになり,夕方 ICU から HCU へ移動に なった。 HCU は集中治療室(ICU)の大部屋とのこと,6人部屋である。 ここも看護師さんが常駐しており,入り口のカーテンは開けっぱなしである。 やっと上体を自由に動かせる。 箸を使い,無理なく口元に食べ物を運べるようになった。 まだ立ち上がって移動する許可が出ていない。 食後のハミガキは看護師さんに水をコップに汲んでもらい,ベッドに座ってハミガ キをした後,使用した歯ブラシをコップの水で洗い,その汚れた水を捨ててもらう。 日常のちょっとしたことがこんなに大変な作業とは思わなかった。 カテーテルを抜くと熱を出す人も多いようで,午後7時ごろから熱が出始める。 37度8分,看護師さんが氷枕を用意してくれる。 発作が起きて以来,熟睡出来ずにいた。時々目は覚めたが,朝までゆっくり眠る 事が出来た。熱も氷枕のおかげか37度まで下がっている。 ●HCU 二日目 朝食の後,尿カテーテルも外すことになった。 外すときも痛いと聞いたが,外せるという喜びがあり,わくわくしながらその時を待 つ。看護師さんが抜いてくれたが,やっぱり痛い。 本日も,身体を洗ってもらう。看護師さん一人だが,手慣れたものである。 昨日は上体を動かすことが出来ないから二人掛りだったようだ。 だが,寝間着を脱がされた時に,突然尿意を催す。 尿カテーテルを外してから,尿意を感じると我慢が出来ない。 看護師さんに見られながら,裸のままベッドの上でシビンにオシッコをするという 恥ずかしいことになってしまった。 尿カテーテルを抜いた後,オシッコの調子がすこぶる悪い。 管を入れていた関係からだろうか,一日20回以上尿意を感じる。 尿意を感じると全く我慢が出来ない。 特に夜間がひどく,2~3時間おきに尿意で目が覚め,我慢が出来ない。 当然一回の尿量は少ない。これが退院まで続くことになる。 (退院した夜,自宅の風呂に入り,そのまま寝ると朝まで尿意を感じることはなかっ た。入院中悩んでいたものが一日で治ってしまった。 自宅とはありがたいものです。) ●鼻血 午前11時頃,大分落ち着いてきた。 鼻のとおりが悪くなっているので,スッキリしようとティッシュで鼻をかむと,スーッ と流れ出るものがある。 鼻水と思い指で止めると赤い色。急いでティッシュを丸め,鼻に詰める。 10分後,血は止まったはずとティッシュを除けると,スーッと流れ出した。 ティッシュで止血を行うが,やはり取り除くとスーッと流れ出す。 いつもちょっとした事で鼻血が出るので気にもしていなかったのだが,今回は何か おかしい。 血の付いたティッシュを見れば,血の塊がほとんどない。 看護師さんも止血綿を丸めて手渡してくれた。30分我慢して取り除くがやっぱり スーッと流れ出した。 再度,ティッシュを丸めて止血を行なう。1時間程我慢して取り除くが,少し間をお いて1滴スーッと流れ落ちる。 慌てて鼻を押さえたがシーッを汚してしまった。 今度は止めなければと,ティッシュを丸めてそのままにしておいた。 14 時 30 分頃,やっと鼻血は止った。 夜の診察で「鼻血が止まらなかったのですが。」と聞くと,「治療中に血液をサラサ ラにする薬を入れています。薬の影響で血が固まりにくくなります。鼻血はその影響 でしょう。」 ●リハビリ開始 15時頃,理学療法士さんがやってきた。 「本日からリハビリを開始します。安静にしていると1日に1.5%ずつ体力が落ち ます。体力が落ちているので順次体力をつけて行きます。心臓のリハビリである事 から慎重に運動していきます。」 リハビリ前にベッドに腰掛け,血圧と脈拍を測る。 カテーテル治療後,始めての運動である。 サンダルを履き,床を踏みしめて立ち上がる。頭がクラっとする。 落ち着いたところで,脚を片方ずつゆっくり上げ下げして足踏みをする。 ベッドに腰掛け,血圧と脈拍を測る。「大丈夫ですね。」 再び,ベッドから立ち上がり,10 回連続で足踏みをする。 真っ直ぐな姿勢での足踏みになっていない。身体がフラついているのが解る。 もう一度,ベッドに腰掛け血圧と脈拍を測る。 「はい。大丈夫です。」数値については教えてくれない。 本日はこれで終了。 午後6時,夕食 午後9時 消灯 ●HCU 三日目 午前11時過ぎ,リハビリである。 「本日は歩行器を使用しての運動です。」と4つの支柱に小さな車輪のついた歩行 器を,理学療法士さんが引っ張ってきている。 リハビリの前にベッドに座り,血圧・脈拍を測る。 肘を歩行器のガード部分に全体重をかけるように乗せ,前屈みになると車輪が滑 らかに動き,足を動かすだけで良い。 ストレッチがわりに HCU の廊下の 20m を歩く。 ベッドに戻り,血圧・脈拍を測る。「大丈夫ですね。」 本格的に HCU の廊下の往復で40m を歩く。昨日足踏みをしただけなのにふく らはぎのあたりに鈍痛がある。 たった四日安静にしていただけなのにこの有り様,この調子で普通に歩けるように なるのだろうか。 終了後,ベッドに腰掛けて血圧・脈拍を測る。 「比較的良い」との事だが,計測した数値は教えてくれない。 「歩行器を使用せずに,歩いても大丈夫だとは思います。 今日ぐらいの距離だと大丈夫です。」と言い残して理学療法士さんは帰って行った。 14時,歩いたおかげか便意を催す。前日の午後から少し便意があった。 尿カテーテルを抜いた後,看護師さんから「小はシビンでしてください。便はオマル を持ってきます。」と言われていた。 オシッコはやむを得ないが,大便だけはオマルなんかでしたくない,トイレでしたい。 自力でトイレに行けるまではと少し我慢していた。 看護師さんに「出そうだけど。」 「トイレまで歩けますか。」 「大丈夫,大丈夫」 先程のリハビリ同様に,いや,それよりも前屈みになって看護師さんが支える点滴 の支柱にすがり,喘ぐように10m ほどの先のトイレへ駆け込み,洋式トイレに座り 込む。疲れた。頭も少しボーッとしている。 トイレのドアを閉めているので,看護師さんがドア越しに「大丈夫ですか。」とひっき りなしに声をかけてくる。 「大丈夫です。」返事をしながら,頑張ると4日分の便が出た。 晴れ晴れとトイレから出れば良いのだが,体力は間違いなく落ちている。 ウォシュレットでおしりを洗い,手も洗ってトイレを出たのだが,頭はボ~ッとして いる。流さず,ドアも閉めていない。子供よりひどい,情けない。 看護師さん「お~っ。立派なのが出とる」と言いながら水を流してくれた。 ひっきりなしに声をかけてくれていたのは,トイレで力んでいる時は心臓に負担が かかり,危ないのだそうだ。 午後6時 夕食 午後9時 消灯 就寝 ●HCU 四日目 早朝の血圧・脈拍・体温の測定の時に,看護師さんから「昼の血糖値が悪いんや ね。」と突然言われた。 入院してから朝・昼・夕の1日3回,血糖値検査も行なっていたようだ。 そういえば,糖尿病の薬も入院後,新たに処方されている。今まで入院して毎日の 朝・昼・夕の血糖を時系列で調べた事はなく,朝の空腹時血糖とヘモグロビン A1C しか気にしたことはなかった。 カテーテル治療の後,血糖値の事について注意されていた。気をつけておこう。 ベッドで心エコー検査に行く。検査室の前の廊下でしばらく待たされる。 40歳くらいの白衣を着た女性の検査技師さんに呼ばれ, カーテンで仕切られた暗室のような部屋に案内された。一つの部屋をカーテンで 六つに仕切ってある。 別の仕切られた場所から検査の声が聞こえてくる。 仰向けの姿勢で心臓の部分にゼリーが塗られ,その上を電気カミソリのような形を した発信器が走る。 横にされ,心臓の様子を調査するために心臓を下にした姿勢なり,検査技師さん が腕を上から回して発信器を心臓付近に当てていく。 痛くはないが苦しい。心筋梗塞の後遺症なのだろうか。 (いや,重かった。ごめんなさい。あなたはスリムな方でした。 元気であれば喜んでいるところなのですが・・・。) だるい痛みのあると訴えていた首の部分も検査をしてもらった。 部屋を移動して胸部のレントゲン,更に別の部屋で心電図を撮った。 リハビリのために理学療法士さんがやってきた。 ストレッチがわりに,下側に移動用の滑車のついた点滴用の支柱につかまりなが ら 20m を歩く,ベッドに戻り血圧と脈拍を測る。「大丈夫ですね。」 心臓の調子を確認した後,点滴用の支柱につかまりながら廊下の往復2回で80m を歩く。 身体が上手く動かない。バランスが悪く片方に傾く。 入院する前は真っ直ぐに歩けていたのに。 前日のリハビリで筋肉痛だ。情けない。 ベッドに腰掛け血圧・脈拍を測る。 「良好です。」やはり数値は教えてくれない。 順次距離を伸ばしていき,退院までに連続で200m 歩くことが一応の目標と言わ れた。 お昼の血圧・脈拍・体温の測定,血糖値検査。昼食。 |