ある体験 第1章 発作
                                     心筋梗塞闘病記

 ある体験

 激しい運動をすれば誰でも筋肉痛になる。だが,年齢とともに身体の反応は変化
する。
 30代までは翌日筋肉痛になっても一日痛みを我慢すれば大丈夫だった。50代
になると翌日は身体が重く,二日後に本格的な筋肉痛が訪れるが,一日痛みを我
慢すれば良かった。
 60を超えると翌日,二日後と身体が重く,三日後に本格的な筋肉痛になり,その
回復に二日かかるようになってしまった。
 こうなると身体のどこかがいつも痛いか重い。どの日の運動(仕事)が原因だった
のかもはっきりしなくなってくる。それでも気分だけは30代。まだまだやれると体力
にも自信があったのだが,突然その日がやってきた。


 第1章 発作


●発作
 平成27年4月10日(金)午前3時頃,息苦しくなって目が覚めた。
 胸の中心のあたりが押しつけられるようだ。
 寝ていても苦しい。起き上がり,茶の間のこたつに移動する。
 朝夕は寒さが残り,寒がりの妻は電気こたつを片付けていない。
 こたつにしゃがみ込むように座ると,胸の圧迫感が薄れたので,こたつの中にも
ぐりこみ横になる。
 今週の月曜日から毎日ではないが,朝方になると同じ様な症状が起きている。
 何かが起こっていることは間違いない。
 しばらくすると胸の圧迫感が強くなってきた。座って少し前屈みの姿勢になる。
この方が楽だ。
 救急車を呼ぼうか。まだ我慢の出来ない状況ではない。
 今日,かかりつけの病院に行くつもりで用意している。
 あと少しで病院の診療時間になる。それまでの我慢だ。外は白んできている。
時計をみると午前5時だ。
 妻はまだ寝ている。起こさないようにしておこう。
 息苦しさを感じ始め,数回深呼吸をしてみるが楽にならない。額には汗が,今ま
でこんな事は無かった。


 午前6時前,異変に気付いたのか妻が起きてきた。胸の圧迫感はまだ我慢が出
来るが,3時間の我慢で心が折れてきた。
 もう限界だ,「病院に連れて行ってくれ。」
 これは心臓だ。対処の出来る隣の市の U 市立病院へ行かなければ。


●U 市立病院到着
 妻が運転する車で U 市立病院へと約30分の道のりを走る。
 心配して妻が,しきりに「大丈夫?」と声をかけてくる。その度に「おおっ。」と返
事をするが,車窓から見える風景が断片的で,自分でも眼を開けているのか,閉
じているのか解らない。


 午前7時前に病院の駐車場に到着。歩いて病院の外来へと向かう。ゲップを途
中で止めたような胸の圧迫感と痛みはあるが,混乱していてどの程度の強さなの
か解らなくなっている。
 ゆっくり歩けば大丈夫だ。とにかく受付へと急ぐ。
 夜間外来と救急に分かれている。
 病院の時間外窓口で
 「どちらにされます。」
 「朝から胸が痛いと主人は苦しんでいるので,救急でお願いします。」
 救急で診察を受ける。妻が胸の圧迫感と冷や汗の症状を説明。


 当直のお医者さんが聴診器を胸にあて,すぐに心電図,胸のレントゲン検査
血液検査がされる。
 心電図の結果を見た途端に「今すぐ入院してもらいます。」
 ほぼ同時に,救急車が到着。救急隊員が患者さんを運び込んできた。若い看護
師さんが対応していたが,私を担当している中年の看護師さんが,「そちらは後回
しで良いから,こちらを手伝って。」


●大変な状態かも
 えっ,そんなに大変な状態なの。
 メガネをかけた若いお医者さんがやって来た。
 勤務時間前に急遽呼び出されたのだろう。バッグを肩に掛け普段着の格好である。
 「今から検査をします。」
 検査? 手術じゃないの・・。これから何が・・・。
 「太腿の付け根の動脈からカテーテルを入れて,心臓の検査をします。」
 「はいっ。」 最近テレビでやっているやつだな。
 「心臓が止まったら,電気ショックをします。」 エッ
 「検査の結果次第で心臓を開ける事になるかもしれません。」 ハァ
 「カテーテルで血管を傷つける場合もあります。血管を傷つければ死亡する可能性
もあります。
 検査途中で心室細動が起これば,死ぬ場合もあります。」 ハ~
 いきなり恐ろしい説明の連続。
 意識ははっきりしているし,あまりの急展開に気が動転したのか胸の圧迫感も感
じない。


●まな板の鯉
 死ぬ時はこんなものなのか。特別な感情は湧いてこない。『まな板の鯉』。
 言われるままにするしかない。
 「最近,結核だと言われた事はありませんか。汚染地区への渡航経験は・・・。」
 看護師さんの矢継ぎ早の質問に,ぼんやりと「いいえ。」
 ベッドに寝かされ,着ている物を全部脱がされる。
 点滴用の注射針を左腕の血管に刺そうとしているのだが,看護師さんも慌ててい
るのか上手くいかない。
 位置を変え,点滴が開始される。
 「いきなりバタバタしてごめんなさいね。」
 看護師さんに下の毛を剃られ,その内おちんちんも消毒され,管を入れられる。
痛いのやらなにやら複雑な気持ちである。
 しかし,管がうまく入らないと途中で止まってしまった。
 メガネのお医者さん,「前立腺がんの手術をした事がありますか。」
 「前立腺肥大とは言われました。」
 管が入らなければ,どうなるのだろう。
 しばらくすると,「△△先生は不在でしたが,〇〇先生が居られました。」
 髭のお医者さんがやってきて,管を器用に入れていく。


 尿道の狭くなった箇所を通過させた時に痛みがあり,最後に管が膀胱に到着した
瞬間にジリリッと擦れたような痛みが走り,「ウッ。」思わず身体を折り曲げる。
「痛かったですか。頑張ってください。」髭の泌尿器科のお医者さんは去って行った。
鼻には酸素吸入のチューブがつけられ,酸素の流れを感じる。


第 1 章
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