いちゃもん?それとも正論? 土地家屋調査士 滝上 洋之 平成25年4月,いきなり事務所に電話が入った。 「3年前にあなたが土地の境界を確定した土地を買った者(現土地所有者)だ, あなたは境界を間違えている。私はあなたに土地の境界確定を依頼した公的機関 (前所有者)に土地を売った人(元所有者)と北側の土地所有者との境界のいきさ つを良く知っている。今回購入した土地の北側は購入した土地よりも高く石積みが 築いてある土地で,その石積みと購入した土地の間に私設の水路がある。 あなたは水路部分について北側土地のものとして境界確定をしているが,本来 水路は購入した土地の部分であり,石積みの根が境界である。」との事でした。 電話のあった土地は昭和35年4筆に分筆されたうちの1筆で,昭和36年に前所 有者である公的機関が購入した土地です。平成21年に公的機関の依頼により私 が確定測量を行い,平成22年に現所有者が購入しました。 現地には全点に公的機関が設置した石杭がありました。それを基に境界確認を しています。 問題となっている北側土地との境界には3本の石杭が設置されていました。 一番東側の杭は北側土地,東側土地との三者境界になりますが,現況でも水路 の無い部分なので石積みの根を境界として斜め矢印の印の石杭が設置されていま す。真ん中はコンクリート水路端の公的機関の土地側に矢印の石杭が設置され, 20p巾の水路部分を北側土地として表示しています。ただ西側の市道に接する石 杭だけは特別な方法で設置されていました。石積みとコンクリート水路端(土台) 部分を利用して水の流れを邪魔しないように小さなコンクリート橋を築き,その上 に石杭が設置されていました。水路内上空と言った方が良いかもしれません。 その石杭の頭にも矢印の印がありその印により水路部分は北側土地の部分とし て表示とされていました。厳密に表現するとその矢印の先は現況の水路のコンクリ ート部分から2センチ程度水路の中に入っている状態でした。 石杭を測量すると公的機関から境界確定の参考資料として送付されてきた三斜 法による購入時の測量図と一致していました。特に西側の道路部分との間口につ いては2.65mと距離が明確に記載されていました。 西側の市道に接する間口には,北側土地との境界を表示している水路の中の石 杭と,南側の宅地と接する位置に石杭があり,測量をしたところこの間口2点間の 距離は2.66mでした。 この間口の距離は昭和54年に実施された地籍調査の成果図(地籍図=法14条 第1項地図であるが以下は国土調査という)での読み取り距離は2.80mです。 0.14mほどの相違ですが国土調査は平板による測量でありこれは完全に誤差範 囲です。 この地区の法14条第1項地図の精度区分は甲3・縮尺1/500です。位置誤差の 平均2乗誤差は0.15m,公差0.45m,2点間の距離誤差0.263mとなります。 隣接地との境界確認に際して,現況のコンクリート水路部分に2pほど入り込む 状態であったので,公的機関の担当者に現況を説明すると,現場のコンクリート水 路端を境界とするとの事であったので2p程度控え,北側土地所有者の立会いを 得て確認を取った上で新たな境界標識を設置しました。この位置の石杭について は,境界が相違することになり,石杭自体もコンクリート橋に乗っけただけであっ たので撤去しました。 現在の土地所有者は,このようにして境界を確定して公的機関に提出した確定 図の面積により土地を購入しているはずなのです。 この事実は間違いないのですが,境界確認について現土地所有者は「北側の土 地所有者は自分が有利になることだから承諾して印を押す。 今回の位置についてもあなたと北側土地所有者が立会いをしているのは知って いたけれど,他人の土地の事なので発言をしなかった。」との事です。 実は,現土地所有者は東側隣接土地の代理人として,この土地との立会いを行 っており,境界についての立会いの事実を知っていたし,この土地と市道を挟んだ 反対側土地の住人で,玄関を出ればそのまま覗き込めるような近所に住んでいま す。 そのような境界に対して土地購入後3年経過しての申し入れです。こちらも,「位 置が相違していると思われるのなら立会いの時点か,購入される時点で申し入れ をしてもらえれば,それなりの対処が出来たのですが。」と回答しても「専門家だか ら,国土調査を復元すればわかるのではないですか。現在購入した土地の北側か らの距離,南側からの距離で測り出してみればわかるではないか。」 「国土調査にも誤差はあります。その誤差の範囲の中で土地所有者同士がこの 位置であると決定すれば誰も疑う事はできないし,解らないですよ。」 それでも執拗に,水路について60年前の口約束があった。当時の北側の土地所 有者は死んでしまって解らないかもしれないが,境界に杭を入れたのは自分であり 石積みの根石位置とせず控えて入れたとの主張です。境界を示す明確な証拠や 資料は無いと自分で言いながら,当時の事情を自分は承知しており北側の土地所 有者との間には口約束で水路部分を使用させていた。元所有者も前所有者に売る ときに説明しているはずである。昭和54年実施の国土調査を復元すれば相違が解 るはずだ。水路部分は自分のものであると強硬に主張されました。 こちらとすれば昭和36年に前土地所有者の公的機関が土地を購入しており,購 入時の測量図がある。現地には公的機関の設置した石杭がある。測量図と石杭は 一致している。国土調査はそれらの後の昭和54年に実施されている。現地の境界 の位置関係は国土調査と比較しても,すべてが誤差範囲内に収まっている。資料 からしても明らかに水路部分は北側土地所有者のものとして扱われている。石杭 自体にも公的機関の機関名が刻印されており,現所有者が入れた杭とは思えない 。 「国土調査自体は行政処分ではないのだから,国土調査を復元した位置がその まま全面的に正しいとはいえません。正しいとしても誤差がどのくらい許されている のかご存知ですか。」と言い返したかったのだが,素人相手に話が面倒くさくなる だけなので黙っておくことにして,もう一度「あなたが,仮に以前の土地所有者であ るとしても,今回公的機関から土地を購入された時には,現地の標識を確認し確 定した測量図の面積で購入されたのではないですか。 納得が出来ないようでしたら公的機関の方に連絡してみて下さい。」と説明して 電話を置いた。 筆界が不明で鑑定を依頼されたのであれば,土地所有者は当然ですが隣接土地 所有者や前土地所有者に事情を聴かなければなりません。前土地所有者や隣接 土地所有者でも不明と言うことであれば,事情を知っている方に聴く必要がありま す。畝順帳・旧土地台帳附属地図等各種の資料も調査することになります。 ただ,今回のような場合は,土地所有者(公的機関)から境界の資料が提供され 現地に杭や構造物があり,土地所有者・隣接土地所有者がそれに沿って確認し, 確認した位置と国土調査地図上での位置,実測面積と登記簿面積が誤差範囲で あり,依頼者から地積更正・地図訂正等を要求されていないのであれば土地家屋 調査士としては,これ以上やりようがありません。 現所有者にすれば,境界は動かないのだから,以前自分が理解していたとおり になるのだと思われているのかもしれません。 ただ,自分の思われている境界が正しい境界であったのか問題になってきます。 隣接土地所有者の確認・承諾も必要となりますので,自分の記憶だけでは無く,資 料・証拠が整備されない限り自分の主張を立証することはできません。 だからこそ土地家屋調査士を責めて,自分の意のままにしようと思われたのかも しれません。 果たして私は不適切な対応をしたとして,土地家屋調査士の倫理規定により懲 戒処分を受けることになるのでしょうか。 |