この企画書からは迷惑おっさんにどのような思惑があるのか、私には解らない。
今回の測量講習の目的としては、TSの操作法を中心に実務的な指導をしてほしいというこ
とである。
端的に言うとTSに内臓されている測量ソフト「測設機能」の使い方の指導をしてほしいという
事なのだ。
当然、測設する前には現場の境界点と準拠点の座標値を入力して、現地の準拠点にTSを
設置して、境界とされている点の座標値を復元して、その位置に境界標識が設置されているか
どうかの確認ができるようになりたいという程度の要請なのだ。
何故、ここで1対回観測やρ秒が必要になるのか、私にはピンとこない。
「測設」という言葉も、しっくりとこない。
「逆打ち」、「杭打ち」と言う言葉になってしまう。
私は、実務ではデータコレクターにデータを入力して、現場ではそれを使用して角度で5秒以
内、距離で2ミリ以内を目標にコンクリート杭等の埋設を行っている。
逆打ち後、確認の為に再度観測を行い、逆打ちを行った座標と実際に観測した座標値の関
係について、現地に測設した杭と逆打ちの座標、実際の観測座標との誤差について、どの座
標値を使用するのか、杭を打ち直すかどうか判断することにしている。
厳しい環境下の現場で、即座に臨機応変に対応しなければならないという緊迫した経験がな
い。
そんな訳で、迷惑おっさんに
「企画書になんで1対回が出てきたん。ρ秒についても良く意味が解らんのやけど。」
「現場でいつもしよったんよ。まあ、解るけん。」
「ほうかな、じゃあ、今度の現場の説明の時、教えて。」
と電話でのやりとり。
現地打ち合わせ
平成19年7月7日、松山市重信川河川敷で研修責任者達と現地で、どのような事を行うのか
打ち合わせをすることとなり、午後1時現地で集合となった。
正午すぎ、現地には、既に迷惑おっさんが来ている。
草刈機で、土手の草を大掛かりに刈っている。
「やりよるかな。」
「やりよるぜ。測量屋さんもあっちでやりよるぜ。」
測量屋さんも、ちょっと離れた基線場の位置で草刈をしている。
「遅れて申し訳ない。」
「いえいえ、少しきれいにしていないと、この基線場、本当に使用しているのかって、今日来る
人達に言われると恥ずかしいですから。」
「本当じゃね。」
「この土手から、四輪駆動車で川に降りていくんですよ。それでこの基線場の蓋が踏みつけ
られてぼろぼろになるんです。」
何で、こんな交通量もない場所で、蓋がぼろぼろになるのか理由がよく解らなかったのだが
やっとその理由がわかった。
そんな会話をしながら、草刈をしばらく手伝っていると担当者たちがやってきた。
企画書をもとに簡単な打ち合わせを行うが、私同様、絵をみてどのような事を行うのかピンと
きた者はいないようだ。
とりあえず実際にやってみることになった。
本日は要領がわかれば良いのだからと、TSを任意の場所に立て後視点の方向の適当な位
置に印を付けた後、それを決まった位置A1としてピンポールプリズムを設置する。
更にそこから測設の角度である90度丁度の位置に方向付けを行い、決められた距離の場所
をA3として印をする。
ここまでが測設(逆打ち、杭打ち)である。
そして、ここにもピンポールプリズムを立てる。
2つのピンポールプリズムのうち、最初設置した方向A1を後視点として距離と水平角、鉛直
角を1対回観測する。
その結果得られた距離と水平角が実際の距離と角度であるので、杭打ちのために計算され
た距離と角度との差が、正確な位置との差ということになる。
その差についてρ秒を使用することにより、現場ですぐに補正してしまおうということらしい。
補正した位置に改めて鋲を入れ、補正後のA3として次の観測点とする。
今度はA2を後視点としてA4を杭打ちするといった要領で順次補正しながら観測点を逆打ちし
て閉合していく。
最初の後視点となった位置A1と、最後の観測点A4からA1を測設した時の差が目に見える閉
合差である。
受講生も、誤差を実感することが出来るとの説明を受ける。
解ったような、解らないような。
頭では理解出来ているのだが、身体が反応しない。
いつもならば頭の中は整理できないが、身体は動くという肉体労働専門の私としては、普段
とは逆の現象に戸惑う。
しかし、やらなければならない。
他の研修会担当者の手前もある。
とりあえず、解ったふりをしておくことにした。
現場準備
平成19年7月12日、朝8時50分、迷惑おっさんと待ち合わせの時間より少し前に現地到着。
既に迷惑おっさんは雨天用の簡易屋根付き移動式観測所をいつものように作っていた。
松山市重信川河川敷は小雨というより、時折雨粒が落ちてくる程度の天気で、先ほど研修担
当者から迷惑おっさんに受講者達とともに10時前に現地に到着すると連絡が入ったらしい。
研修受講者が揃う前に、迷惑おっさんと二人で現場の設営を行う。
まずは、最初の観測点となるA2の位置に大きめの木杭を打ち込み、その杭に更に鋲(A2の
確定位置)を打ち込む。
観測のための現場設営としては、河川敷の平坦な部分にA1〜A4の四角形を作る必要があ
り、四角形のA2とA3を結ぶ辺が土手と平行な形になるようにA2を中心に形を作っていく。
まず、A2を観測点にして土手と平行な20メートル離れた位置が杭の中心となるようにして小
さめの木杭(A3)を打ち込む。
この木杭の中で、受講生がA3を確定することになる。
今度は、A2を観測点にして、A3となる木杭中心を後視点として右回りに270度の角度をとり
20メートル離れた位置に小さめの木杭を打ち込んで、木杭の中にA1が確定できるようにした。
このような要領でA2には木杭に鋲を入れあらかじめ確定しておき、A1、A3は木杭の中に確
定位置が来るように木杭を設置した。
残る四角形の頂点A4の位置は研修受講生自身が測設し、木杭を打ち込み、その位置に鋲
を打ち込むという手はずである。
これを3組、河川敷に並べて作成し、30分ほどで準備は完了した。
午前10時、受講生と研修責任者達が、それぞれ車で到着。
車から、3台のTSと三脚、ターゲット、ピンポールプリズムのセットが次々と降ろされる。
いずれも真新しい機械である。
ついつい、5年のリース契約の切れたわがTSに目がいってしまう。
座標入力
受講生は3名から4名を1班として3班に別れ、各班に研修責任者が1名張り付いている。
迷惑おっさんにより、企画書にある図を示し、木杭A2の位置からA1とA3の測設を始め、測設
後、1対回観測により水平角の補正順次補正を行いながらA3、A4へと観測点を移しながら最
後にA1の測設を行うとの研修内容について説明がある。
まずは、測設のためには、必要な座標値を入力しなければならない。
「20メートル間隔に直角に測設してもらいます。四角形となりますので
のようになります。各自TSに入力してください。」
既に、研修責任者から座標値の入力の方法については説明がされており、受講生は黙々と
TSに点名と座標値を入力していく。
私が使用しているTSとメーカーが相違しているので、入力方法については良くわからない
が、さほど相違はないようである。
TSの据付
A2にTSを据付けなければならないのだが、木杭の高さとの関係で、最初に求心した時の位
置と、脚頭が水平になった時の求心のズレが通常よりも大きくなり、なかなかうまく据付が出来
ない。
その度に、整準ねじを利用して水平に調整しているのだが、定心かんを緩めTSを移動しても
三脚の脚頭から大きくはみ出してしまう。
もう一度、やりなおしと繰り返す。
7日の準備の際に、木杭の高さをみて、測量屋さんがポツリと「据付、難しいですね。」
思わず「そうやね。」と相槌をうっていたのだが、やっぱり悪戦苦闘している。
「あまり、整準ねじを使用しないようにしてください。整準ねじを使ったら、求心位置がズレると
思ってください。まず、整準ねじは中間位置にしておいて、TSも三脚の脚頭の真ん中になるよ
うにして、まず据付てください。」
とりあえず、説明するのだが、うまくいかない。
「三脚の脚を3本とも伸び縮みさせると、求心位置は大分ズレますよ。出来るだけ動かさない
ように最初に上手に据付なければならないんですが、気泡菅を見ながら2本だけの伸び縮み
で調整するとあまり動きません。」再度、助言する。
それでも、悪戦苦闘。
ここで、ちょいと手助けをしてしまいました。
すいません。
測設開始
3班とも各自のA2の位置にTSが据え付けられた。
TSのメニューから「測設」を選び、操作を開始する。
「後視点を観測入力してください。」という指示があり、A1を入力。
「後視点を観測してください。」
TSをA1の方向に向け、距離を観測する。
A1の方向には、研修担当者がピンポールを持って待ってる。
「距離だけ合わしたら、いいんですね。」
「そうですね。」
実行ボタンを押し、観測を終えると、
「測設点を視準してください。」
という表示になり、TSの液晶画面も変わり、dH=〇−〇−〇という度分秒の表示になって
いる、TSを移動する度に、その角度も変わってくる、90度近く回転さすとdH=0−00−05とい
うように0に近くなる。
0-0-0となったところで、距離の測定の表示があり、距離を測定すると距離の差も表示される。
A3の位置で、ピンポールを持っている受講生に、「もう少し右、左、前、後ろ。」と観測者は指
示するのだが、その指示する要領も難しい。
右、左はどちらからの方向なのか、慣れているものにとっても難しい。
ここでは、大体の位置にあらかじめ木杭を打ち込んであるので、木杭の中なのは解ってい
る。「1センチ、5ミリ」という表現で、すぐに位置が決まる。
「出来ました。」
「それでは、そこに鉛筆で印をつけて、その場所にピンポールを立ててください。」
既に、A1の位置にはピンポールを立ててある。
対回観測
2方向にピンポールプリズムが立てられた。
A2を観測点として、A1を後視点、A3を前視点として1対回観測を行うことになったが、ここで
私の勘違いで水平角2対回、鉛直角1対回、距離は斜距離2セット2回の観測を測設観測者
以外の3人でそれぞれに行った。
結果は以下のとおりです。
鉛直角について1対回観測、距離についても斜距離を観測しているのですが、私が水平距離
に換算したものしか記録していませんでしたので空白になっています、お許しください。
三人の観測が終了した後も各自の観測結果を計算して、水平距離に換算してみると、距離
が1センチ以上相違する。
「あれつ、おかしいですね、1センチ以上差があるなんて。」
測設観測者が「A3について距離を観測してませんでした。」
「ああ、そうですか。」
ぼんやりとしか、見ていなかった私が悪い。
まあ、木杭の中にはあるということだから、仕方がない。
「それじゃあ、このままやりましょう。」
またまた、迷惑おっさんに怒られるのだが、仕方がない。
だが、水平角の観測値が三人で開きがありすぎる。
何故なのだろう。
今日はあまり、個人の観測について口出ししたくないなぁ。
と思いながら、「すいません、ちょっと覗かしてください。」
原因はすぐに解った、ピンポールプリズムがTSの方向に正対していない。10度前後横を向い
ている。
ピンポールについている気泡菅も狂っているようだ、ピンポールがやや斜めにたっている。
これらを調整して観測したかどうかの差のようである。
もともと、うまくピンポールが立てられていなくて、時間の経過とともに、少し傾いたこともある
のだろう。
ここでは、厳しく言わないことにしよう。
三人の観測の平均値をとれば、水平角で26秒不足。
水平距離で11.8o超過している
関数電卓を使用すれば、距離と三角関数のSINかTANを使用しても良いのだろう。
距離も測定距離を使用するのか、測設の距離を使用するのか厳密に計算しなければならな
いのだろうが、現実の作業として人間の手で実際に補正した場所に鋲を入れるという作業を考
えれば、どちらでも良い。
とにかく数値さえ間違えなければ良いのだろう。
ちなみに、ここでの水平角の角度による補正距離は
( 20m0118 × 26″) / 206265 = 0m00252
となり、角度の不足分として、測設位置から2.5o横に移動して補正する。
ちなみに20m0118×SIN(0°0′26″)=0m00253もしくは
20m0118×TAN(0°0′26″)=0m00253となる。
そこで、距離により11.8o手前で、角度不足分として右側に2.5oと計算できたのだか、手際
よく現場のA3の木杭の位置には既に鋲が打ち込まれていた。
その位置は2o程度横に移動して打たれていたのだが、11.8o程度にA2よりには変更されて
いなかった。
「打ってしまいましたか。」
「はい。」
確かに、7日の打ち合わせの段階では、距離の補正はしないということになっていた。
それは測設のときに、必ず距離も確認しているので、その差は、多くても2〜3oだろうという
想定である。
今回のように測設の時に距離を測っていない事は想定していない説明だったのだ。
やむを得ない、研修担当者に恥をかかせる訳にはいかない。
また、迷惑おっさんの怖い顔が浮かぶ。
「そのくらい解るやろ、その場で修正せんかい。」頭の中で声がする。
迷惑おっさんと老眼おっさんの間には任意の許容誤差がある。
迷惑おっさん、測量屋さん、老眼おっさんと順次広がる許容誤差については、測定不能です
ので、あまり観察しないようにして下さい。
A3からの観測
補正され、鋲の打たれたA3から、A2を後視点にA4の測設がされた。
今回は、A4の位置にはあらかじめ木杭が設置されていないため、角度も距離も測らなけれ
ばならない。
測設の出来た場所に、迷惑おっさんが「しょうれん」で穴を空け、木杭を打ち込んでくれる。
打ち込んだ木杭の頭に、更に測設して鋲を入れる。
A4が出来上がった。
もう、手順は解っているので、三人が順番に対回観測を行う。
さすがに、観測にも慣れ、ピンポールの立て方にも慣れたようで、各自の観測に差がなくなっ
た。
( 20m0022 × 3″) / 206265 = 0m00029
角度の不足分を距離に換算すると0.29oである。
先ほど問題になった距離も2.2oとほとんど問題ない。
今度は2.2o前に、0.3o右側に補正してA4確定位置に鋲を打ち込む。
A4からの観測
A4から、A3を後視点にA1の測設がされた。
A1の位置は、A2の後視点として、最初に位置決めがされている。
A1の位置には、この時点で鋲が設置されており、その鋲と測設された位置とが目に見える誤
差だったはず・・。
そこに鋲は無かった。
タイミング悪く、そこに迷惑おっさんがやってくる。
「A1の鋲打つとらんの。最初にどうして打っておかなかったの。」
と怖い顔でにらまれてしまう。
迷惑おっさんにすれば、一番盛り上るころなのに、肝心の主役がいない。
折角の演出が台無しになってしまったのだから、当然だろう。
こちらとすれば、今回の演出が明確に頭に描ききれていない。
ついていくのに精一杯の状態である。
研修責任者も、それを察知して、すばやく
「ここに、鉛筆でつけた印があるので、これがそうです。」
と援護してくれる。
測設された位置とは7o程度のズレだった。
「仕方がないね。とりあえず、その位置を対回観測で確認して。」
となり、その結果が、以下の結果です。
( 20m0075 × 27″) / 206265 = 0m0026
角度の不足分を距離に換算すると2.6oである。
最初に問題になった距離が、結局最後に7.5o影響している。
この計算結果が、先ほどの測設の時点で目にみることが出来ることの演出だったのだから
迷惑おっさんにすればさぞかし残念であったろう。
申し訳ない。
しかし、となりの一番にぎやかな研修責任者のいる班が、見事誤差0という結果をたたき出し
た。
測量の楽しさというものも、実感できたのではないだろうか。
おまけ
更に、A1にもTSを据付けて、A4を後視点、A2を前視点としても対回観測を行うように、迷惑
おっさんからの指示がある。
残念ながら、この観測結果につていて手元に記録していなかったので、ここには記載が出来
ません。
測設の講義は終わったと、私がボーっとしていたためです。
迷惑おっさん、その観測が終了して一言。
「先ほどの観測で測設については、終わっていますが。この観測を加えることにより、基準点
測量の要素をすべて観測できています。明日の厳密網計算と同様な事をすれば計算が出来
ます。時間のある方は計算してみてください。」
本当に、この現場の設定は良く出来ている。
これって、受講生の為の研修だったのだろうか・・・。
横で誰かの「わかったかな!」と言う声がした気がする。
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